命あるかぎり         

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             「よぉ、ちび。元気にしてたか?」

             「あ、六太さんだ。六太さん、こんにちは。」

             「ありゃ、おまえ背のびたのな〜。」

             「うん。でもまだ六太さんにはとどかないや。」

             「あはは、そう簡単に抜かされるかよ。(でも時間の問題だったりして…)」

             麒麟旗が立ってから2度目の春分も過ぎていった。

             昇山の者で賑わっていた甫渡宮の周囲も、いまはひっそりと静まっている。

             「約束どおり遊びにきたぜ。支度が出来たら出かけよう。」

             「うん!まってて、すぐ来るから!」

             ぱたぱたと支度をしに宮へ戻る供麒を見送る。

             供麒の側に仕える女仙が礼をとる。

             「良くおいで下さいました。」

             「ああ、暇だし?約束したからなぁ。…けっこう元気になったな。どう、様子は?」

             「おかげさまで、延台輔のおかげでしょう。一時はどうなるかと思いましたが。」

             去年、春分を過ぎてから突然供麒は倒れた。

             そして、しばらく床についたまま起きあがることが出来なかった。

             虚脱状態が続き食べ物も喉を通らない。             

             いったいどうしたのか。女仙たちも首をひねった。

             女怪の話では、どうやら供麒は王気らしき気配をうすうす感じていたらしい。

             それが、突然無くなってしまった。

             女仙達は顔を見合わせた。

             王気の消失。

             …では、この小さな麒麟は王に会う前にその存在を失ってしまったのだろうか。

             予定を随分と過ぎてから最初の昇山者達が現れたとき、やはり、と女仙達は思った。

             昇山は辛く厳しい命がけの道ではあるが、それでもこれほど疲弊しきった者達を見るのは珍しい。

             五体満足な者は少なく、どこかしらに怪我を負い命からがらたどり着いたようだった。

             このままではとても血に弱い麒麟の前に出ることは許されない。             

             「鳳雛をおとした…」

             密やかに彼らが言っているのを耳にしたのは一度や二度ではなかった。

             幸か不幸か、彼らの到着は遅く怪我の回復にも時間がかかり、ようやくに供麒が起きられるようになり

             甫渡宮への進香を数回繰り返す頃にはもう下山の季節だった。             

             肝心の供麒は起きあがれるようになっても無邪気な笑い声は絶え、じっと空を見ているか女怪にすがって

             はらはらと涙している事が多くなった。

             口数も減り、小物の妖魔と戯れることもなくなり、女仙たちの心配は深まるばかりだった。

                  「供麒はまだ幼くていらっしゃる。いずれ時がその痛手を癒やしてくれましょう。」

             そう言ってふっくりと微笑んだ玉葉は、ある日延麒を伴ってきた。

             「こちらは、延台輔の延麒六太殿。供麒よりずっとお年上のお兄様でいらっしゃる。

              しばらくの間こちらにご逗留なさって供麒のお話し相手をしてくださるそうな。

              同じ麒麟どうし仲良う遊んでいただきなされませ。」

             周りはいつも大人ばかりだった供麒にとって、紹介された延台輔はずっと目線の近い相手だった。

             そして何より麒麟の発する金色の暖かい気が供麒を和ませた。

             うち解けるのに時間はかからなかった。

             二人はいつも一緒に行動して蓬山の中を駆けまわり、よくも疲れないものだと女仙が呆れるほどだった。

             供麒は本来の無邪気さを取り戻し、良く笑うようになった。

                  六太が帰るとき一つ約束をした。

             「一年たったら、また来るから。それまで沢山食べて、よく遊ぶんだぞ。もう少し大きくなったら今度は蓬山の外へ

              遊びに行こう。」

             この約束は効果てきめんだった。

             六太の帰国後も時折寂しそうな様子をみせる供麒だったが、それでも女仙が六太の話題を振るだけで彼に笑顔が

             戻った。

             ただし、供麒が約束にあった蓬山の外はどのような世界なのか知りたがり、女仙達は記憶をたどって思い出せる限り

             の故郷の話をしてやらなければならなかったが。

             「供麒はそれはもう楽しみにしておいででしたが、どちらまで行かれるおつもりですか。」

             「ちびが一緒だからなぁ。本当はあいつの国を見せてやりたいけど。」

             王のいない国は妖魔が跋扈する危険な場所だ。

             国も貧しく人心も荒れている。

             何も知らない供麒を連れて行くには少々酷だろう。

             「初めてだし、やっぱり無難なところでウチだな。関弓ならまずは安全だろうし。」

             六太の言葉にホッとしたように女仙が肯いた。

             「六太さぁーん」

             頭に布を巻いた供麒がぱたぱた走ってきた。

             「たまが待ってる。じゃあ行こうか。」

             「うん。行ってきまぁす。」

             ニコニコと手を振る供麒の姿が小さな点になるまで、女仙達は見送っていた。

 

                

                    ◇次へ

             

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                   ちょっと短めですがきりが良いので今回は此処までにします。

                   苦労した割にはなんだかなぁ、な内容ですね、トホホ。