命あるかぎり

           

           1.

 

          蓬山。

           春分を過ぎ何時にも増して華やかな笑い声があがる。

          色とりどりの軽やかな衣をなびかせた女仙の目線の先には、幼い蓬山公。

          彼が小物の妖魔と戯れるさまは、女仙達の頬を緩ませるのに十分すぎるほどだったが。

          麒麟旗のあがった今、じきに昇山の者がやってくる。

                      彼が蓬山公としてこの地にとどまっていられる時間は残り少ない。

                      未だ幼くややおっとりしたこの麒麟が、つつがなく王とやっていけますように…

          女仙の誰もがそう願っていた。

          彼女達の思いをよそに当の麒麟は使令に下した数匹の妖魔と女怪を引き連れ、窮香萓(ゆうすげ)の苑の方へ

          駆けていってしまった。

          「あのように幼くて、宰輔が務まるのやら…」

          「なに、幼くとも皆ちゃんと王を選ぶ。案ずることはない。」

          「私が案じているのは、中身の方です。どうも心もとなくて…」

          確かに、麒麟が乳離れをして人の姿を現す頃には、皆自分自身の天命を知る事になる。

          王を選び王と歩む一生。

          まれにその運命に反発する者もいるが、多くはすんなりと受け入れ未だ見ぬ主に思いをはせたり

          蓬山を離れた後の生活に興味を示すものだが…

          この幼い麒麟は麒麟旗があがってもいつもと同じように一日の大半を広い野原で駆け回って遊んでいる。

          楽しそうな笑い声が響きわたる。

          進香などの作法を説明しているときはおっとりと素直に聞き、むしろ質問の無さに拍子抜けしてしまうほど。

          「中身が幼いのならそれに見合った王が選ばれるであろう。心配にはおよばぬよ。」

          いまごろ昇山の者達は黄海のどの辺りか。

          いままでの経験からいっても最初の昇山者の中に王がいる事が圧倒的に多い。

          「…さて、どんな供王にお会いできるのやら。楽しみなことよの。」

 

 

 

          幼い供麒は窮香萓の苑がお気に入りだった。

          この広い野原で思い切り走り回るのが好きだった。

                      柔らかな下草は踏むと良い香りが立ち上ってきたし、綿毛の付いた種が風に吹かれて飛ぶ様は

          いつまでも見飽きることがなかった。

          供麒はふと動きを止め、窮香萓の苑の端とも空ともつかない場所に目線を彷徨わせた。

          春分を過ぎた頃から時折見られるようになったこの行為に女仙達はまだ気付いていない。

          「何を見ておいでなのです?何かお感じになるのですか。」

          女怪の問いに供麒はにこにこと答える。

          「わかんない。でもなんだか…なんだかふわっとした感じ。あったかいような。」

          野原に座り込み夕日を眺める供麒のふっくらとした頬を暖かな風が撫でていった。

 

 

 

          春分を過ぎ昇山の者達は、寄り添うように幾つかのグループをつくりそれぞれ蓬山を目指していた。

          黄海という未知の世界に踏み込んでいる、その緊張感が彼らの足を急がせる。

          剛氏に導かれながら、もう何度こんな夜を過ごしたか。

          妖魔の襲撃。

          それは昼間の疲れからやっとトロトロとまどろんだ頃に起こった。          

          襲ってきた妖魔を切り捨てはしたものの、その血の匂いは新たな妖魔を呼ぶ。

                      運悪く犠牲になった者を捨て置き、血の匂いから逃げる。

          とどまっていることは出来ない。

          先へ進むしか道はないのだ。

          だが…

          (本当に、これでいいのか…)

          助けを求める声を振り切るように逃げる、その行為に感じるうしろめたさ。無念さ。

          (もう少し何とかならないのだろうか。助からないと解っていても酷いことだ…)

                宋英(そうえい)は先に逃げた一行が待っている場所を目指しながらこれまで置き去りにしてきた人々を思った。

          この黄海は妖魔の世界だ。

          人の理念など通用しない。

          剛氏の言うことはもっともだ。

          深傷を負った者を構うより蓬山に無事にたどり着く事の方が大切なのだ。

          多数を生かすには些少の犠牲はいたしかたないと。

          だが…

          だが…

          いつもここで宋英は迷う。

          (他者の犠牲で得た玉座など、いったいどんな価値があるのか…)

          天馬を駆って闇の中を走る。

          しばらく行くと闇に慣れた目に遙か先を走る人々の背中が見えてくる。

          馬や騎獣に乗っている者は一足早く逃げ出している。

          今見えているのは、主人や上司に従ってやって来た従者ばかりだ。

          彼らは、馬も騎獣ももたず自分達の足で歩くほかはない。

          一足先に逃げてしまった主人が待っている所まで、走っていく。

          背後から妖魔が追いかけてくる恐怖と戦いながら。

          宋英が彼らに追いつく頃には、騎獣を駆って逃げた連中とも合流した。

          「旦那、しんがりご苦労さんで…」

          この昇山で知り合った剛氏が声を掛けてくる。

          少し皮肉まじりに聞こえるのは、彼が宋英のやり方にあまり賛成ではないことを知っているからか。

          夜明けまでまだ間があるので、人々はもう一眠りするためそれぞれ散っていった。

          宋英も天馬にもたれ目を閉じる。

          宋英は禁軍の空行師にいた。剣の腕前にもいささか自信があった。

          だが、自分が王の器とは思っていなかった。

          それでも昇山したのは、王となる人物と同じ旅をしてみたかったからだ。

          未知の黄海に興味もあった。

          仲間は「また、物好きな」と言いながらもささやかな壮行会を開いてくれた。

          「お前らしいな。でも生きて帰って来いよ」と。

          「王と面識が出来たら俺のこともよろしく言ってくれな。」冗談交じりに肩をたたかれ。

          (そう言えば、この中のいったい誰が王なのだろう。いや我々とは別行動の連中かもしれんな。)

          昨晩、剛氏達が言っていた。

          今回は天候に恵まれ実に楽に進めていると。

          鵬雛〜王になる者〜が一緒の旅に違いないと。

          そんな旅でも妖魔に襲われ命を落とす者が後を絶たない。

          妖魔は気配を上手く殺して近づいてくるため、襲われた者の悲鳴で周りの者が気づいたときには

          助けようがないことが多い。

          だが、逃げまどう人々が少しでも武器で戦えば、第2・第3の犠牲者を出さなくて済む。

          先を争うようにして人々が逃げて行く中、宋英は踏みとどまり妖魔と戦った。

          そして騎獣をもたない連中の後からゆっくりとその場を去り、新手の妖魔に注意しつつみんなと合流した。

          何回か繰り返すうち、腕に自信のある者が数人協力してくれるようになった。

          そんな宋英達を剛氏は冷ややかに見ていた。

          襲われれば身を守るために戦う。

          それはやむを得ないことだ。

          しかし、此処は妖魔の世界だ。

          むしろ、侵入者は人間の方なのだ。

          彼らの縄張りに入ったからには、息を潜めるようにしてそっと立ち去りたい。

          まして、声高に妖魔を斃し、逃げ去る妖魔を深追いするなど剛氏達には思いもつかない。

          見かねてそっと忠告をしてくる者がいた。

          宋英は苦笑し

          「確かにここは妖魔の国だな。何があるか解らんし深追いは止めるように言っておこう。」

          そう、請け負った。

          確かに深追いはしなくなったが、襲撃された場所に最後までとどまっているのは同じだった。

          そんな毎日が半月も続いた。

          その日は深い森の中で、早めに野営の準備をしていた。

          珍しく霧雨の降り続く薄暗い日だった。

          襲撃は出し抜けに起こった。

          雨に煙る薄闇の中、人々の悲鳴がこだました。

          

                   ◇次へ

          

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           初の連載でございます。

           駄文なのに長い…最後まで書くのに時間がかかって書き上がらずにお蔵入り等と言うことが何回か有りまして。

           いっそ連載にすればとりあえずまとまりのいいところでUP出来るのでは、と考えた次第です。

           しかし、これ、ちゃんと完結するんでしょうね?(聞くな)

           UPしとけば続きを書くだろうなどという甘い考えだったり…(トリ頭だから…)

           オフがいろいろとありまして、実に半年ぶりのUPでございます。(UPのしかた忘れそうでした…)

           しかも、恭を書くのはお初ですね。

           いろいろ突っ込みどころ満載ですが見逃して下さいまし。