帳(とばり)の中
「……」
人肌のぬくもりの中、目が覚める。
まだ暗い室内にホッとする。
朝が来るまでにはもう少し間がある。
(…まだ一緒にいられる…)
薄闇の中隣で眠る男を見る。
精悍な顔立ちを少しだけ幼く見せて眠る男。
気配にさとい男を起こさないようにそっと髪に触れる。
こうして、もう数え切れないほどの夜を共に過ごし朝を迎えた。
お互いがお互いのために使える時間はごくわずかで。
生きているその大部分は自分に課された責任を全うするために費やされる。
その膨大な時間に比べれば、一緒にいられる時は一瞬に等しい。
貴重な時間を濃縮された果汁を味わうように愉しんできたけれど…
(ねえ、今どんな夢を見てる?)
男のなめらかな黒髪を指に巻き付ける。
(その夢、私も見たい…)
こんなにそばに居るのに。
すべてを与えすべてを許し合ったはずなのに。
朝が来れば泡のように消えてしまう。
私の手の中にナニも残すことなく。
男の骨張った喉に口づける。
この男の喉を噛み切ってしまいたい衝動に駆られる。
軟骨は歯ごたえがあって美味しそうだ。
溢れる暖かい血をすすり。
首の肉を食いちぎって…首の骨は…太くて噛み切るのは難しいかも…
光を失った男の瞳は、もう何も映さず…私だけのものになる…。
口元に笑いが浮かぶ。
男の首を胸に抱いて、きっと私は幸せだ…
「何を考えている?」
男の腕がするりと巻き付く。
「美味しそうだと思って…」
軽く喉に歯を当てると、男は「くくっ」と低く笑う。
「そんなものより…こっちの方がよほど美味しそうだ」
くるりと体を反転させて柔らかな胸に口づける。
「…ん……」
男の頭をそっと抱きしめる。
確かに今は私だけのもの。
それでいいと納得してたはずなのに。
欲深な私は少しでも永く男を独占したくなる。
蓬莱なら、この男の半分を体に宿して十月十日(とつきとおか)独り占めできるのに。
せめてこの男を食らって腹の中に入れれば、私の体の一部となってずっと一緒にいる事ができるのに。
男を求める隣国の官や民に嫉妬する。
彼らだって王という男を貪(むさぼ)っているのだ。
私が食べてもかまうまい?
戯れに喉笛に歯を立てる陽子に
「そんなに欲しくば、いつでもこの首などくれてやるぞ。」
「約束ですよ。」
「ああ、だが噛み切られるのは痛そうだな。できれば剣でやってくれ。」
「なんだ、残念。美味しそうなのに…」
いかにも惜しそうに言うから思わず笑いがこぼれた。
もうすぐ夜が明ける。
腕の中でまどろむ女王はじきに目覚め朝議に向かう。
至福の時間は短い。
それぞれの居場所へ戻るその時は交わす視線もなく無言で。
いつからか、そうなってしまった。
別れの抱擁も甘い言葉も涙さえない。
見交わして解るのは互いの執着心。
手を伸ばさなくても、声に出さなくても解ってしまう。
解ってしまったら…
だから別れは、いつも背中合わせのまま。
お互いの消えていく気配をさぐる。
厚い帳の中と外。
聞こえぬように密やかなため息をつく。
二人で眠る帳の中は至福の時間。
いつか
民も国も半身も棄てて
二人で朽ちる夢を見る。
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暗い…間違いなくラブなのに…
明るい未来とは、ほど遠いです。
独占欲は誰にでも有りますが、恋人であればなおさら強いのではないでしょうか。
遠距離恋愛や多忙な仕事で滅多に会えない恋人は幾らでもいるとは思いますが。
彼らの場合、お互いしか見なくなってしまったら国が傾いてしまうわけです。
「帳の中」では、互いの独占を望みつつも民を棄てられずに政務を行っている状態です。
すべてを棄てて恋に走ってしまう等というのは、この二人にはなかなか出来ないだろうと思います。
でもその誘惑はいつでも身近に漂っているというのを書いてみたかったんだと思います。(他人事だなぁ)
サロメな陽子。できればR13くらいにしたいかも。そこらの少女マンガのほうがラブシーン濃いかもですが。
このくらいならまあいいか…ということでUPしますが…ひょっとすると何日かで下げるかもです(小心者。笑)