宴の後

              

                 祝賀の宴がお開きになって、陽子は自室に戻っていた。

                 華美で重い礼服から解放され、寝間着の上に軽い襦裙を羽織りほっと一息つく。

                 重い櫛やかんざしも取り払い、結っていた髪を無造作に梳かして伸びをする。

                 玻璃の入った窓にその姿が映って思わず苦笑する。

                 「やれやれ、これで正月行事もやっと一段落だな。」

                 慶への祝賀の使者が少なくなる頃、陽子は金波宮を留守にして玄英宮へ来ていた。

                 普段いろいろとお世話になっているこの国には、自分で年賀の挨拶をしたいと思っていた。

                 少々時期が遅くなるが…と打診すると雁からは快く承諾された。

                 景王のために祝賀の宴が開かれ官吏たちもその相伴にあずかった。

                 延王も終始上機嫌で、双方の国交の深まりを居合わせた各国の使者にも感じさせた。

                 コツコツと窓をたたく音にそちらを見ると、露台に六太が居た。

                 「どうしたんです?そんなところで。」

                 窓を開けると身軽に部屋に飛び込んでくる。

                 「尚隆から伝言。“俺の所で飲み直さないか”、だってさ。」

                 「え、でも、もう遅くない?」

                 「ん、でも普段ならまだ政務中なんじゃないの?」

                 「それに、あんな窮屈な格好でろくに食べも飲みもしていなかったろ?

                  少しは食べるものもあるから来れば?」

                 確かに宴では使者や官吏の挨拶に答えてばかりで殆ど何も口にしていない。盃をなめる程度で…。

                 急に空腹感を覚える。

                 「う…ん、いいのかな、こんな格好だし…。」

                 「いんじゃない。尚隆もオレも似たようなモンだし…」

                 一度覚えた空腹感にせかされ、六太に手を引かれるように部屋を出る。

                 玄英宮といえど夜も更け廊下の灯りは乏しい。

                 「こっちこっち」

                 幾つかの角を曲がり、冷えた廊下を駆け抜ける。

                 大きな扉をそっと開けて、薄暗い部屋を通り抜けたら出し抜けに尚隆の姿が目に入った。

                 床の厚い敷物や毛皮の上に直に腰を下ろし、くつろいだ様子で飲んでいる。

                 「よう、来たな。」

                 陽子を見て苦笑いする。

                 「まあ座れ。それにしても、それで寒くないのか?」

              明るい室内で、急に陽子は恥ずかしくなった。

                 寝ようとしていたところだったから髪は解いてそのままだったし、羽織るモノがあるとはいえ寝間着姿だ。

                 「あ、あの、すいません。こんな格好で…」

                 尚隆が立ち上がった。

                 「かまわんよ。だが、風邪を引かれても困るからな。」

                 側にあった上着を陽子に掛ける。

                 「着ていろ。火の側が良い。」

                 「なーなー、始めようぜ。」

                 

              

              軽い食べ物をつまんで、尚隆は雁自慢の酒を飲み六太と陽子は甘い果実酒を口にした。

                 暖かい部屋で、新年の抱負、荒民の問題、休暇の時に行きたいところや見たいもの等話が弾んだ。

                 話が弾んで、気付けば酒もかなり飲んだようだ。

                 「あっれー、陽子。顔赤いなー。結構飲んだかんなー。」

                 「六太くんもしょーりゅーも、なんれそんらにお酒つおいの〜?全然かわらないのれ?」

                 ろれつも大分あやしい。

                 「いや、そんなに強くはないが、陽子が弱いんだろう?変わらないというなら利広の方が強そうだな。」

                 「へぇー。しょーりゅーが酔ったらどうなるんらろ〜」

              「あーオレも見たことねーや」

                 「ん?まあその時次第か。落ち込んでいるときは果てしなく暗くなる。」

                 「ダークなしょーりゅー…あはは、すっごい暗そー」

                 「やだねー」

                 六太も陽子もケラケラと笑う。

                 「いつもは、せいぜいほろ酔いか。」

                 「ねえねえ、じゃあ、陽気なときって?」

                 「んー、キレイどころと一緒の時か。」

                 「あー、気を引きたいときとか〜」

                 「そうかもな。」

                 「尚隆はこれで結構マメだからなー。」

                 「へぇ〜、しょーりゅーれも、そーゆーことするんら〜〜」

                 「俺でも…って、俺がすると変か?」

                 「ん〜ん。しょーりゅーってね、黙っていても女の人が側に寄ってきそーだから。女の人の

                  ご機嫌取りなんてしなさそーな気がする。」

                 くすくすと笑いながら尚隆にすり寄るようにして話す陽子。

                 (陽子……さっき尚隆が酒を注ぎながらさりげなく陽子の側に座り直したのを気づいているのか?)

                 (まあ、わかってないな…)

                 ため息をつきつつ、尚隆に(離れろ!)と視線を送った六太だが黙殺された。

                 「商売女ならな。あれは身なりで判断するから、羽振り良さげな格好をしていれば黙っていても

                  寄ってくるが…」

                 「身なり!ほぉ〜〜」

                 「まあ、惚れた女には弱くてな。いろいろと気を引こうとはしているんだがな。」

                 「へー、だめなの?」

                 「鈍くてな、相手が。」

                 思わず苦笑する。

                 「あはは〜、かわいそ〜〜だれなんだろ〜〜」

                 「………」(お前のことだぞ、まったく…)

                 六太は笑い転げている。

                 「く、くるし〜、なみだでる〜〜」

                 「それより、お前はどうなんだ陽子?」

                 「ん?どうって?」

                 「好きなやつ、いるのか?」

                 笑いすぎの涙目で六太が聞く。

                 「え、えーー!いませんよーう。」

                 「脈なし」と六太が肩をすくめる。

                 「いない」の言葉が嬉しいような物足りないような。

                 「本当かなー、怪しいなー」

                 六太は陽子の側にコロンと転がってきた。

                 「ん、もぅー。本当れすったらぁ〜。そーいえばわらしの周りの男の人って、

                  カッコイイ人ばっかりらんだけどな〜。忙しくってそんな気にもなりませんよ〜」

                 ぷうと頬をふくらませた顔が可愛い。

                 「景麒を筆頭にいい男揃いだな。」

                 ダメダメと陽子は手を振る。

                 「ケーキは…まあ、きれいらけど、姫だし?」

                 「姫?」

                 「わらしよりきれーで、守らなきゃあって思うから。」

                 「恋人には不向きか?」

                 「あれで、けっこう優しいんらけどねぇー」

                 「んじゃあ、冢宰の浩瀚は?」

                 「んー、頭切れすぎでつけいる隙がないんらー」

                 「ほう…。では、将軍は?」

                 「あー、クマしゃんv。クマしゃんvには、なんか、好きなひとがいるらろ〜」

                 眠くなってきたのか、トロンとしている。

                 「ねぇねぇ、じゃあ…利広は?」

                 「りこーは、…だって…なかなか会えないしぃ…」

                 「楽俊は?」

                 「らくしゅんもフワフワでらいすきらけど…なんかねぇ…おともらちなの…」

                 体を支えていられないのか、上体が何度かグラグラと揺れて尚隆に寄りかかる。

                 「ぉおい、大丈夫か陽子。」

                 六太が起きあがり声を掛ける。

                 「あ…とねぇ、六太くんはぁ…おとうとみたいで…かわい…くて…」

                 「う…おとうと…やっぱな…」

                 「おいおい、陽子。寝た方がいいぞ。送ってやるから。(調子に乗って飲ませすぎたか?)」

                 「ん…うんう……」

                 朦朧としている陽子を抱えるようにして尚隆は立ち上がった。

                 「ねみゅい…」

                 「あーはいはい」

                  歩けそうもないので抱き上げると、肩に頬を寄せてくる。

                 素面の時はこんなふうにすり寄ってきたりしないんだろうと尚隆は思う。

                 このまじめな女王は。

                 長いつきあいでやっと「尚隆」と呼ばせたときには、柄にもなく心躍る思いがした。

                 (500年も生きてきて、こんなに側に置いておきたいと思った女は初めてだな。)

                 しかたないなと苦笑して歩き出す。

                 「んーのね?」

                 「なんだ?」

                 「…りゅう…しょーりゅー、は、ね…」

                 「ん、俺か?」

                 「ダ・イ・ス・キ v」

                 思わず六太と顔を見合わす。

                 ガバッと六太が起きあがる。

                 「それ本当?」

                 「うん!おとーさんなの」

                 (…なんだそれは…)足が止まる。

                 「カッコ…よくて…つお…くて……んーリソーのオト…サ…ン…」

                 (ちょっと待て!!)

                 六太が倒れ伏して肩を震わせている。

                 声も出ないくらい笑っているのだろう。

                 尚隆は安らかに寝入った陽子をマジマジと見る。

                 (まあ、年の差は親以上だが…)

                 体中の力が抜けそうになる。

                 すっかり気を許して眠っている陽子。

                 「父親…肉親ってわけか…せめて兄に…いや、そうじゃなくだな…」

                 ため息をついた尚隆だが、ふっとイタズラっぽく目を輝かせる。

                 「まあ、肉親というなら、一緒でもかまうまい。」

                 「六太、来い。寝るぞ。」

                 そのまま、おくの臥床に向かう。

                 六太を先に、その隣に陽子を降ろし、すぐ脇に自分ももぐり込む。

                 「オヤジ、悪さすんなよ!」

                 六太はまだ笑っている。

                 「するか…そんなこと」

                 (目が覚めたら驚くだろうな)

                 眠る陽子の温もりを感じながら尚隆は目を閉じた。

 

                 翌日、いつものように早朝に目覚めた陽子は、両脇で眠る延主従の存在と二日酔いによる

                 頭痛に悩むことになる。

                 「眠くてな。とても陽子を送れそうもなくて、まあ、この臥床も広いから三人でもいいと思ったんだが?」

                 いかにももっともらしく言う尚隆の目が面白そうに光っているのを見ながら、

                 (禁酒しよう…)と思う陽子だった。

                

               

                 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

                      はい…酔っぱらいです。あ、石を投げないでください〜〜。

                      陽子さんのキャラ語りは、まんま私のキャラ観(の一部)でもあります。

                      陽子さんが酔ったらさぞ可愛いのではと思いまして…。

                      尚隆の臥室に向かうところって、修学旅行で友達の部屋へ行く感覚です。

                      本当は警備の兵士や女官がいたりして、内緒で部屋を抜け出すというのは

                      無理だろうと思いますがネ。「まあ、陽子様。お寝間着のままどちらへ?えっ、

                      主上のお部屋…ぽっv(激しく誤解)」なんて事になりかねない…