月の光に
政務を終わらせた景麒は四阿に出ていた。
もう深夜に近い。
仁重殿の窓から差し込む月の光に誘われて、気が付いたらこんな所まで来ていた。
――主上が好んでいらっしゃる場所。
「何もないから、ここは落ち着く。」
そうおっしゃって、
不用心にも昼寝をなさる。夜中に出歩く。
危険だといくらいっても、聞く耳も持たず……
眉間の皺が一瞬深くなる。
はあ……とため息をついて、月を見上げる。
「もう、お休みになっていらっしゃる頃だろうか。
――お疲れは取れただろうか……」
玄英宮に行かれて、もう五日になる。
王の傍にいて王気に触れていたいのは、麒麟としての本能。
――やはり、主上が離れていらっしゃるのは寂しい――
満月に少し欠ける月が、冴え冴えとした光を放つ。
その光に景麒の髪が溶けるようになびく。
「お前の髪は月の光のようだな。向こうの世界では、金の髪は結構憧れなんだぞ。」
主上はそう言って、きれいだよなと目を細めていらした。
――本当に、お前の髪はとても綺麗……
そう言って、この髪に触れた女(ひと)の声が脳裡に響く。
その姿を求めて、思わず辺りを見回す。
「景麒、貴方を愛しているの。貴方だけ居てくれればいいの。」
涙で濡れた目で、自分を見上げる姿を。
今はもう居ない、失ってしまった王。
――愛しかった人
官から贈られた小さな村で、機を織る。
「ねえ、景麒。
王宮には私の居場所なんてないそうよ。
此処で望んだ機を織って、楽しく暮らせというのよ。」
与えられた物の、その裏にある意味に気が付かないほど愚かなら、
むしろ幸せだったのかもしれない。
「私が居ない方が、朝議はすんなりと運ぶようね。」
朝議は権力を握った官の独壇場だった。
反対する者などとうに居ない、腐敗した朝。
それが、王が出る度に紛糾した。
仲間うちで争う振りをして、決裁を主上に迫る。
まだ、慣れない主上が言葉に詰まれば、皮肉や上げ足を取り、
朝議は遅々として進まず……
官が、あんなに荒れていなければ
きっと、穏やかな朝を築いて行かれたのに。
王の責任と官の専横に挟まれて
少しずつ
壊れていった貴女。
なすすべもなく……
貴女が必死に差し出した手を、受け止めもせずに
いったい私は何をしていたのだろう。
とうに天意は去り
向かっている先は見えていたのに……
それでも、まだ何とかなるのではと足掻いて。
貴女の手をとることが、迫っている終焉に拍車をかける事になるのを恐れて。
――愚かだったのは私
愛する人を一人で逝かせてしまった。
あの時貴女の手をとって、この想いを告げていれば
貴女は、共に逝く事を許してくれたのでしょうか。
王宮に一人残されて……
残されたのは罰。
貴女の想いに答えられなかった私の。
自分の想いを伝えられなかった私の。
ずっと
そう想っていたけれど……
炎の王気を持つ王を主に迎えて、国も民も栄えつつある今、
一人残された訳を知る。
もう一度、やり直す機会を与えてくれた
貴女のやさしさ。
国を憂い、民を憂い、嘆いた私に
貴女からの、残酷なまでの、やさしさ。
あの時の私には、貴女以上に大切なものなどなかったのに……
もう同じ過ちはしない、そう心に刻み込む。
差し出された手を迷わずにとって
前へ進む。
たとえ、何処へ向かう事になろうと。
「貴女のおかげで、やっと今の私がいるのですね。」
涙が頬をつたう。
それは、感謝の涙。
目を閉じると遙か彼方に、燃えさかる炎のような王気を感じる。
王気に向かい、膝を折り叩頭する。
「主上のお帰りを、お待ちしています。
ご無事のお帰りを皆――いえ、私は、待ち望んでおります。」
先日ちぃさんと、「景麒は舒覚のことを愛していたはずだ」という話題で
盛り上がり出来た文です。ちぃさんの方もなにやら書いていたようで
先にupしたようですが。ちぃさんのを読ませて貰えませんので内容
が、かぶっていたらゴメンナサイ。お読み頂きありがとうございます。