旅立ち

    

  「よう、陽子! 支度できた?」

   陽子の姿を見つけて窓越しに声をかけたのは延麒六太。

  「あ、六太君。こんにちは。これから禁門へまわります。

    延王はどちらにいらっしゃいますか?」

   「禁門で待ってる。まあ待たせとけばいいさ。」

   ニヤリと言い放つ六太に苦笑しながら、足を速める。

   これから陽子は隣国、雁へ行く事になっている。

   旅程は10日ほど。

   お忍びでの休暇を取りに。

 

   そもそも事の起こりは、5年ほど前の事になる。

   たまたま来訪していた延主従の前で、陽子が過労で倒れたのがきっかけで。

   その頃、陽子はやっと一人で政務をこなせるようになった所で、つい無理をしがちだった。

   浩瀚や景麒は勿論、陽子の周りにいる者がいろいろと手をつくし

   気を配っているが、良い方法が得られなかった。

   「だって陽子ったら、お休みの日でも勉強したり剣のお稽古をしたり,ちっともじっとしてないのよ。」

   王宮から離れてどこかに旅行でも、という意見も出たが、未だ慶では治安に不安が残る。

   公で動くには時間と金がかかり、お忍びでは危険が多すぎる。

   そんな時、延王からの申し出があったのだった。

   「うちならどうだ? 陽子一人くらい別に負担にならんし、お忍びなら格式張った事もせんで済む。

    送り迎えも陽子一人なら俺が護衛で問題なかろう。」

   確かに玄英宮なら、まず陽子の命を狙う者はいないだろう。

   お忍びなら儀式めいた事もなく、ゆっくりと休めるに違いない。

   唯一の心配は――

   「陽子の護衛だって? 尚隆がぁ? それって、いっちばん危ないんじゃないのか?」

 

   禁門にはすでに、尚隆、景麒、浩瀚をはじめ祥瓊、鈴、桓たい等、陽子の身近な者が、

   見送りに集まっていた。

   「おお、陽子。なかなか凛々しいな。」

   陽子は男物を着ていた。

   仕立ては上等だがあまり目立たぬよう地味な生地で。

   女王とは知らない者が見れば、良家の子弟に見えただろう。

   「動きやすくて快適です。延王、六太君。いつもお迎え有り難うございます。」

   陽子は知らないが,この服には女官達の願いが込められている。

   大国雁に自国の女王を男のなりで出したくはないが。

   お供の延王は十二国一の剣豪と言われているが、同時にかなりの

   遊び人であるという事も有名で。

   オオカミの前にわざわざ着飾った羊をさしだすことは避けなければ…

   女官達は涙をのんで男物の服を用意したのだった。

   ――主上、どうかご無事で。良い御休暇を。――

 

    「景麒、浩瀚、後を頼む。」

    「主上、お気を付けて。お帰りをお待ちしています。」

    「延王君、主上は慶の要です。我らの王をどうか宜しくお願いします。」

    《何かあったら、使令が黙ってはおりません。》

    《御手を出したらどうなるか、分かっておいでですね?》

    という思念を目から飛ばした景麒と浩瀚に、内心たじろぎながら

    「任せておけ。」

    と、鷹揚にうなずいた尚隆だった。

 

   尚隆の連れてきた たまに六太と乗った陽子は、手を振って大空に向かった。

   とらに乗った尚隆が続く。  

   「愛されているよな〜。陽子は。うちの誰かとは大分違うな〜。」

   「おい…」

   くすり、と笑った陽子は、緑の増えた大地に目を細めた。

 

   王の祭祀の少ない2月と8月に、10日ほど玄英宮で休暇をとる。

   この休暇を取るようになって、陽子はあまり無茶をしなくなった。

   多分、政務から離れる事で、自分の普段の行動を冷静に見つめ直す事が出来るからだろう。

   あの母がいれば、  

   「よそ様のお世話になるなんて。」

   とでも言うだろうか。

   ――でも、

   今の私には必要な事だから。

   みんながこんなに心配してくれている。

   ありがたいことだ。

   だから、

   しっかり、リフレッシュして

   帰ってくるから。

 

   

   陽子の出かけた後、

   主の居ない金波宮はひっそりとしていた。

   「んも――。覇気がないったら、だらしないわねぇ。」

   「ほっほっ、祥瓊。まあ、そう言うでない。主上は光そのものじゃからの。

     ほれ、鈴。蓬莱でいう、『娘を嫁に出したよう』とは、こういう事を言うのかの。」

   「ああ、そうそう。 浩瀚様も台輔も、まるで花嫁の父みたいな

     お顔なさって。やっだ〜。」

   鈴は手を打って無邪気に笑う。

   祥瓊も落ち着き払って

   「陽子ってその手の事には全然疎いんだから、

    延王様が何かしようとしたって、天然でかわすわよ。」

   成る程、女というものは図太い生き物らしい。

   「ハナヨメノチチ??」

   こめかみを押さえた浩瀚と、眉間のしわをいっそう深くした景麒は

   ため息を一つつくと、それぞれの政務に戻っていった。

   

 

                         

                             

                         はい、無駄に長くてすいません。陽子への[愛]が書きたかっ  

                         たんですが、なんだかわからんものに…。

                         ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。

                         そして、お疲れ様でした。

                         《玄英宮シリーズ》として続く予定です。(やめとけ)