☆ 私事ですが、このたび娘がめでたく義務教育を卒業しました。

                  記念といってはなんですが、駄文を一本書いてみました。

                  期間限定で3月いっぱい、フリーといたします。

                  少々長めですが、よろしければお持ち帰りくださいませv (現在はフリーではありません)

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                                卒業

 

             慶国の大学で卒業式が行われている。

             国立なので、来賓には慶国冢宰浩瀚を筆頭にそうそうたるメンバーが並んでいた。

             大学を卒業するとほとんどの者が官吏になる。

             しかもエリートとして。

             国王の祝辞が代理の者に読み上げられている間も、彼らの顔は誇らしげに希望に輝いている。

             慶国中からよりすぐられた才媛達。

             頭脳明晰なのは勿論だが、その品性・性格までもおりがみ付きの若者達。

             彼らの後ろにはその喜びを分かち合う家族が集う。

             親・兄弟だけでなく、結婚している者もいるため、その配偶者や子供もこの喜びを分かち合っていた。

             「すごいなあ、夕暉。首席ですって。」

             「俺と違ってあいつは、できが良いからな。」

             虎嘯が嬉しそうに話す。

             虎嘯と鈴は朝早く夕暉の宿舎を訪ねて、金波宮の仲間からの卒業祝いを届けた。

                             陽子からは、使いやすそうな硯と墨。

             将軍からは弓と小刀。

             祥瓊 は文箱に二帖の紙。

             それぞれこれから社会に出る夕暉には必要な物ばかりでその心遣いに深く感謝した。

             鈴は身内でもないのに、と遠慮していたが夕暉があとで三人で食事をしたいと望んだので

             そのまま式典に出席していた。

             卒業生代表で首席の夕暉が挨拶する。

             蒼鈍色の上着が映えてことさら落ち着いた大人びた様子に見える。

             「なんだか立派になっちゃって、知らない人みたい…」

             ぽつりと言った鈴は、今朝のことを思い出す。

             蒼鈍色の上着は祥瓊 に見立てて貰って、鈴が作った物だった。

             卒業のお祝いにと差し出すと、夕暉はとてもよろこんでくれた。

             さっそく着てくれて嬉しかったが、そこにいたのは鈴の知っている14・5才の夕暉ではなかった。

             襟の乱れを直そうと何気なく夕暉に手を伸ばした鈴は、彼が兄ほどではないがスラリと背が伸びているのに気づいた。

             襟元を直すだけなのに見上げるようだった。

             拓峰にいたときは身長だって同じくらいだったのに。

             少学から大学へ進む頃から、夕暉とは会っていない。

             時折手紙で消息を知らせてくれるが、殆ど学校にも行ったことのない鈴には読むだけで一苦労だった。

             今ではなんとか読むことに不自由はないが、返事はまだ思うようには書けない。

             拙い文に夕暉が苦笑している様が目に浮かぶ。

             20才(はたち)をとうにこえた夕暉。

             将来は国の一端を担うと噂されるほど、優秀で。

             年も背も越えられて、鈴はなんだか取り残されたような寂しさを感じていた。

 

             「あの大きな人、夕暉のお兄さんだって?」

             虎嘯達と別れて講堂に向かった夕暉は、式典が始まるまでに友人達から何度も同じ質問を受けた。

             周りの者より頭一つ大きい虎嘯は群衆の中でよく目立った。

             そして、次に

             「隣の、あの可愛い娘(こ)は?妹さん?」

             と言われる。

             男女を問わず友人達の問いの意味は明白で、鈴が虎嘯もしくは夕暉の恋人かどうか知りたいということだろう。

             「やれやれ。初めてあったときは確かに鈴の方が年上だったのにね。」

             仙になって100年たったという鈴は見た目は18才ぐらいだった。

             けれど泣き顔はもっと幼く見えたし、14才の夕暉から見ても中身の方も子供っぽく頼りなげだった。

             その分、純粋でひたむきな所が兄とかぶって見えて彼女を放っておけなかった。

             恋人と言えばウソになるが、否定すれば彼らに「紹介しろ」と五月蠅く言われそうで、

             「彼女は女御をしていて、僕がとても大切にしている人。」

             と意味ありげに言っておいた。

             金波宮に勤めることは学生にとっては憧れで、内殿奥にいる女御達は新米官吏には姿を見ることもままならない

             高嶺の花らしい。最初にそう聞いたときは、鈴と高嶺の花のイメージが結びつかなくて苦笑してしまったが。

             “女御”という言葉は効果てきめんで、五月蠅く付きまとう友人がみんな言葉に詰まって静かになった。

             憧れと尊敬を込めたまなざしで鈴を見ている。

             「やっぱ、内殿にいる人は優雅だな。」

             「気品があるよな。」

             「趣味も良いよね。やっぱり高嶺の花かぁ。」

             鈴が聞いたら逃げ帰ってしまうかも。

             飾り気もなく無邪気に笑ったり、一途に思い詰めたり泣いたり。

             くるくるとよく働く鈴。

             (高嶺の花?どちらかと言えば親しみの持てる野の花だよね)

             ため息をつく友人達をよこめに夕暉はそっと笑いをこらえた。

 

             式典が終わって待ち合わせた中庭に出ると、同じように待ち合わせをしている人々でとても混雑していた。

             混み合うことは予想していたが、背の高い兄がいればすぐに居場所がわかると思っていた夕暉は、自分の考えが

             甘かったと知った。

             すでに中庭を一周してしまった。

             「まいったな。帰るわけないんだけど…。」

             ふと見ると、斜め前にいる女性が鈴と同じ黒髪だった。

             後ろを向いているので顔は見えないが、桜色と若草色の服に長い黒髪が良くあって気品のある立ち姿だった。

             小さめの髷に控えめに挿した歩揺。

             背格好も同じくらいだと思ったが、今朝会ったばかりの鈴がどんな髪型・服装をしていたかまるで覚えていない

             自分に呆然とする。

             周りを見るが虎嘯らしき人影もない。

             ふいに彼女の髪がふわりとそよいだと思う間にそれは突風になり、砂埃を舞いあげた。

             この季節に良くある風だが、中庭の人々は風に煽られ声をあげた。

             風に煽られた髪を片手で押さえ、向かい風から身をひねるようにした彼女の仕草がとても優雅だった。

             「うぷっ…」

             砂埃から顔を背けようとした夕暉は彼女の歩揺が抜け落ちたのを見た。

             風はすぐに収まり安堵する声の中、夕暉は傍らに落ちた歩揺を拾い上げて彼女に声を掛けた。

             「あの…これ、落ちましたが…。」

             「えっ…っ夕暉!…ああ、よかった…なかなか会えないからどうしようかと思った。」

             「…鈴…だったんだ。」

             友人達の話を思い出す。いったい自分は今朝から何を見ていたのだろうか?

             「なんか、すっかり女御らしくなってて、わからなかった…。」

             「えっ…。やだ、夕暉ったら。大学ってお世辞も教えるんだ。」

             はにかむように笑う鈴。

             見慣れているはずの笑顔なのに胸の鼓動が不穏な動きを見せる。

             「あ…それ…」

             鈴の視線は夕暉の手元に注がれていた。

             「さっきの風で落ちたんだ。ちょっと動かないで。」

             歩揺を髷に挿す。

             つややかな黒髪に金が映える。

             小振りだけれど高価そうな品。

             「ありがとう。大切なものなの。」

             頬を赤らめて小さな声。こんな鈴見たことないと思う。

             「大切?贈り物?」

             誰から?の言葉を飲み込む。

             うなずく鈴を見て、ちり…と胸が軋む。

             友人達に囲まれて過ごした学生生活。

             その同じ時、鈴は女御として貴人に囲まれていた。

             友人のもと公主の祥瓊 の影響も受けているだろう。

             趣味も立ち居振る舞いも洗練される。

             女御と接点のある男…

             冢宰・天官・将軍・射人・司裘…

             めまぐるしく職名が頭を駆け回る。

             そういえば他国の王達も。

             「陽子がくれたの。雁へ行ったときのおみやげなの。」

             にっこりと笑う鈴に肩の力が抜ける。

             「陽子ったら、自分のはうんざりするほど有るからって、いつも私たちの物ばかり買ってくるのよ。」

             「へえ。そっか、主上からの贈り物じゃ、大切だよね。」

             うん、と開け放した笑顔で答える鈴を見て、陽子が女性で良かったと思う。

            

             「…ところで、兄さんは?」

             「あ、あのね、それが…」

             虎嘯はこの日のために休暇の届けを出していたのだが、処理されるうちに日付がずれてしまった。

             当然、虎嘯の代わりに大僕をする予定の者も来ず、一部の頭の固い連中が騒ぎ出したということらしい。

             この騒ぎを聞きつけた桓たいが非番だからと大僕をかってでたが。

             さすがに将軍を一日とはいえ大僕にするわけにはいかないと、慌てた官吏が虎嘯のもとにやって来た。

             ちょうど式典も終わる頃だったので、鈴に後を頼んで虎嘯は一足先に戻ったのだった。

             「道理で見つからないわけだ。残念だけど…兄さんらしいや。」

             苦笑しながら思う。

             金波宮の人材不足はかなり深刻だ。

             何年か前の内宰や天官達が起こした謀反以来、特に内殿にはいる職種の採用は慎重過ぎるほどで。

             相変わらず陽子の周りは人少ならしい。

             けれど、登極して十年あまりの間に陽子は自分の行動でしっかりと道を示した。

             今では「懐達」ということばも聞かれなくなった。

             民が、官が王を支持しはじめ、陽子の話に耳を傾けるようになった。

             女王を支持する者が増えて金波宮に人が溢れるのは、もう、時間の問題だろう。

                             選りすぐりの優秀な人材が。

             「とりあえず、それまでに足場を固めておかなきゃね。先は長いんだし。」

             「え?なあに…」

             首をかしげる鈴になんでもないと笑う。

             「お腹すかない?安くて美味しいところ知ってるんだけど。」

             「あ、行きたい。なんかすっごくお腹すいてきたみたい。」

             笑いながら歩き始める。

             中庭はいつの間にか人少なになって、その中をゆっくりと歩く。

             素直な中身は変わってないんだ、と思う。

             なぜ鈴が女御として金波宮にいるのか、解った気がした。

             能力的なことをいえば、海客で学校にも行けなかった鈴より優秀な人はいくらでもいるけれど。

             陽子が側近くに鈴を置くわけ。

             友人で信頼ができるからということだけじゃない。

             夕暉は今着ている上着を見る。

             丁寧に縫われた上着。

             今朝袖を通したとき、とても着心地が良くて驚いた。

             良い生地なのは解るけれど。

             人の少ない金波宮で、忙しい女御の仕事の合間に。

             いったいどれだけの時間を掛けて縫ったのだろう。

             骨身を惜しまない鈴の

             小柄な体いっぱいに

             無償の愛

             その愛に癒やされると、もう手放せなくなる。

             「どうしたの?ぼんやりして。」

             心配そうに覗き込む大きな目。

             「着心地が良いなあと、思って。鈴、ありがとう。」

             「そう?良かった、気に入ってもらえて。」

             ホッとしたように笑う。

             この笑顔に次にあえるのはいつなんだろう。

             「また、しばらくは会えなくなるね。」

             「同じ金波宮に居るのに?」

             「新米官吏には、内殿は遠いところなの。」

             「えー、そうなの?知らなかった…。」

             「でも、安心して。頑張ってすぐに内殿へ入れるような官吏になるから。」

             「そう?じゃあ待ってるから。頑張ってね、新米官吏さん。」

             「その時は、お手柔らかに。先輩女御殿。」

             顔を見合わせて笑う。

             また時々手紙を書こう。

             祥瓊 がくれた紙の中に、隠れるように入っていた包み。

             鈴も虎嘯も気づいてないけれど。

             薄様の落ち着いた色合いの高級紙。

             それは恋文に使われる紙。

             それを使ってみようかな。

             鈴はどんな顔をするんだろう?

             友達、仲間、大切な人。

             卒業して恋人になるまでもう少し。

 

 

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                                                  卒業おめでとうございます!

                       と、いうことで卒業話をかいてみました。(まんまだなあ)

                      夕暉はわりと野心家かもしれません。

                      自分の可能性を試してみたいのでしょうv (若いな)

                      なにげに鈴が母性の塊のようで、少々不本意ですが。

                      卒業の方も、そうでない方も勉強・仕事・恋に頑張りましょう!