雪ウサギ

                  

    

     「明日玄英宮に来れるか?待っている」

    鸞がそう告げる。大好きな人の声で。

    その声を聞いただけで、もう気持ちは雁へ飛んでしまった。

    だから、浩瀚が苦笑して

    「せめて、夜が明けてから」

    といっても、夜中に抜け出してしまった。

    景麒はため息をついていたけど、鈴と祥瓊が笑って送ってくれた。

    「後は任せて。台輔もなだめておいてあげるから。」

    「気をつけて、楽しんでいらっしゃい。」

    慶も大分落ち着いて、王が2.3日居なくてもそれほど差し支えが無くなった。

    まるでそれを待っていたように、尚隆からの告白。

    お互いの想いを確かめ合ったのは、まだ最近のこと。

    あれから、数えるほどの逢瀬。

    だからこそ会える時間を大切にしたい。

    ――そう思っていたのに――

    

    急いで急いで、駆けつけた玄英宮。

    恋人が両手を広げて歓迎してくれることを期待してた。

    それなのに……

    出迎えてくれた朱衡さん達は、恐縮しきっていた。

    「実は、主上は昨日からお出かけになりまして……」

    「あいにく台輔も戴国へお出かけになっており、主上の居所を掴むことが出来ません。

     折角おいで下さいましたのに、申し訳ないことです。」

    尚隆の私室に通されて何時間経ったのだろう?

    すでに日は落ち、凍るような冷気の中で星が輝いている。

    昨日から出かけた尚隆が私によこした鸞  。

    わざわざ(明日)というからには、戻ってくるつもりだったはず。

    「なぜ?……何かあったの?」

    知らずため息が漏れる。

    女官達が食事を用意してくれたが、手をつける気にもならない。

    月も中天をまわろうとしている。

    いつもなら政務が終わる頃だ。

    そして祥瓊 と鈴が美味しいお茶とお菓子を用意して待っていてくれる頃…

    いつも陽子を気遣ってくれる友人達の笑顔が浮かぶ。

    「明日、玄英宮へ来れるか?待っている。」

    その一言で有頂天になって、ほいほいと来てしまったけれど、

    たった一人で尚隆を待つ時の永いこと。

    「これは、罰か?」

    浮かれて政務を放り出した自分への。

    やさしい友人に後を押しつけて、出て来てしまった自分への。

    何度目かのため息を盛大についたとき、露台から尚隆が入ってきた。

    「遅くなった。すまない陽子。待たせたな。」

    「尚隆……」

    頭から雪をかぶった尚隆は、そばに来ると夜の冷気を含んだ空気を感じさせた。

    「食事…してないのか。すまなかったな、呼びつけておいて…」

    尚隆は左手に小さな盆を持っていた。

    陽子の視線をとらえた尚隆は、笑いながら言った。

    「みやげだ。むかし六太に教わってな。」

    卓の上にそっと置いた盆の上には赤い目をした小さな雪ウサギが乗っていた。

    (雪ウサギを作っていたの?私が一人ここで待っていることを知っていて?)

    (私がどんな思いで待っていたと……)

    ガタリ、と陽子は立ち上がった。

    「ご無事で良かった。特にご用がないのなら、これで失礼します。」

    我ながら冷たい声だと思う。心にもないことを言っている。

    「夜中に金波宮から来たんです。帰るのが夜中でも問題ありません。」

    (何もそんな意地を張らなくても…)

    もう一人の自分が頭の中で言ってくる。

    でも一度拗ねてしまった心はなかなか素直にならない。

    尚隆は慌てて引き留める。

    「お、おい陽子。帰るって…ちょっと待て…」

    捕まれた手を邪険に払いのけたら、はずみで雪ウサギのお盆を落としてしまった。

    かしゃん

    「あ……」

    見ると、雪ウサギは砕け、雪の中に赤い実と光るものが…

    拾い上げてみると、細い鎖に紅玉が連なった腕輪だった。

    尚隆が取って陽子の手首につける。

    「範に作らせたのが港に着いたと知って、取りに行ったんだが。

     あいにくの大雪で思いのほか時間が掛かった。

     心配をかけたようだな。こんなことなら、一言誰かに言っておけば良かった。」

    自分の手首で柔らかに光る紅玉を呆然と見ていると頬に水滴が落ちてきた。

    見上げると尚隆の髪についた雪が解けて滴になっている。

    さっき触れた指も氷のようだった。

    「……心配したんだ。」

    そう言ってそっと尚隆の指を手の平で包む。

    「冷たい…ね」

    尚隆が耳元でささやく。

    「暖めてくれるか?」

    陽子からの返事はなかったけれど、そっと抱きしめた恋人が胸に顔を埋めたのを見て

    尚隆は満足げな笑みを見せた。

 

 

 

                                                 間借り人(みー)より

                       砂はきそう………

                            たまには尚隆にイイ思いをさせてやろうかと……

                            「STAR DREAM」2万HITありがとうございます。

                            これもみなさまのおかげです。

                            これからもどうぞよろしくお願いしますv