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清漢宮
「実は、清漢宮に招待したいんだけど、来てくれるかな?」
いつものように金波宮に突然やって来た利広は、これまたなぜか当然のようにそこで
お茶を飲んでいる延主従の前で陽子にこう切り出した。
「清漢宮ですか?」
「慶の荒民への対処法に主上が興味を持ってね。前から言われてはいたんだけど
大分国も落ち着いたようだし、この際休暇をかねて遊びに来ないかな。
あ、これ親書だから。」
たまたま奏上のことで陽子の意見を聞きに来ていた浩瀚と景麒に手渡す。
「宗王君からの親書ですね…」
呆然としたように浩瀚が眺めている。
(この方達ときたら、段取りとか手続きとかをすべて無視なさる。親書ともなれば国と国
とのやり取り。王から王へ渡るまでに本来ならばどれだけの官吏の手が入るか…)
ため息をつきながら親書を開ける。
「個人的に面識もあるからって私が使者を押しつけられた訳なんだけど。
ちゃんと正式な手順を踏んで使者をたてると時間がかかるしねぇ。
まあ、手間ははぶけたけどね。」
(省きすぎです)と顔に書いてある憮然とした景麒を見ながら苦笑する。
「無理にとはいわないけど、まあ考えておいて。いつも雁に休暇をとりに行くよね?
そんな感じで気楽に来てもらえるといいんだけどね。
ああ、次の休暇は雁じゃなくて奏でとればどうかな?」
「お、おい、利広。気にするな陽子。
時期が早いとかなんとかいって、延ばせばいい。(楽しみが減るだろうが)」
「そうだよ。(まったくだ)第一、初めて行く清漢宮でのんびり出来ないんじゃない?」
「大丈夫だと思うけど。どこかのむさい男所帯と違ってうちはアットホームだから。」
なにやら険悪なムードを察知して陽子が慌てて取りなす。
「まあまあ。初めての所じゃ雁ほど気楽というわけにはいかないけれど、でも最近は
政務でそんなに無茶をしないから、いい機会だし行ってみてもイイかも。浩瀚はどう思う?」
「確かに、主上も余りお疲れのようではありませんし、良い機会かもしれません。ご希望
であればさっそく手続きをいたしますが…親書のお返事はどうなさいますか。」
「ああ。今書く。景麒手伝ってくれる?」
慶主従が慌ただしく退室する背に利広が声を掛けた。
「返書は私が預かっていくから使者はいらないよ。」
部屋の中に利広と延主従が残された。
「ちぇー。陽子が来るの楽しみだったのにな。」
「まったくだ。だが奏と誼を結ぶいい機会だ。まあ今回はしかたなかろう。」
「おや、随分と物わかりがいいね。」
「おいおい、俺だって一国の王だぞ。国にとって何が良いかぐらいわかる。」
「ふうん。もう少し強硬に反対してくれると思ったんだけどなあ。」
「…?」
慌ただしさの裡に奏南国訪問が決まった。
型どおりの謁見をすませたあと、後宮の典章殿に呼ばれた陽子は面食らった。
そこには、宗王以下櫨家の全員が顔をそろえていた。
当たり前のように陽子を席に着かせ宗麟と明嬉がお茶を入れる。
「雲海の上を飛び続けだったのでしょう?大変でしたわね。今日はゆっくりお休み下さいね。
保翠院は明日ご案内しますわ。」
にこにこと話しかける文姫。
「案内は良いけど陽子をあんまり連れ回さないようにね。
まだ来たばっかりなんだから。」
「あら、兄様に言われたくはないわ。」
「おや、そうかな?」
「そうよ!いつだって人を振り回しているくせに。」
「まったくだよ。お前は一度家を出ると何処で何をしてるのかわかりゃしない。
陽子さん、利広がさぞご迷惑をかけているでしょうねえ?」
ため息混じりに明嬉に言われ、陽子は慌てた。
「え?い、いいえ。卓朗君は…あの、そんなしょっちゅういらっしゃるわけではありませんし…。
迷惑だなんて、そんな…」
「そうそう。私なんかより尚隆の方がよっぽど足繁く通ってるよね。」
「黙れ、利広。…陽子さん、こいつはすぐつけ上がるから、余り甘い顔をしない方が良いですよ。」
「ひどいなあ、兄さんまで…」
「身から出た、サビだ。」
利広が陽子に向かって肩をすくめる。
「昭彰、このお茶はうまいねえ。もう一杯いただこうか。」
「はい、主上。」
先程からのやり取りをまるで聞いてなかったかのようなのんびりとした宗王の声。
確かにアットホームな感じだと陽子は思う。
煌びやかな調度や豪華な衣装を除けば、どこにでもある、むしろ蓬莱では見慣れた一家団欒のひととき。
(父がいて母がいて、そしてわたしがいて…良い娘では無かったけれど…)
陽子は懐かしさで目頭が熱くなった。
「陽子さん、あなたに見せたいものがあるんですよ。外までおつきあい願えますかな?」
いつの間にか先新が立ち上がり陽子の手を取る。
(いけない、ちょっと下を向いてたら…。気を遣わせちゃったな。)
600年を誇る大王朝の庭園は入り江を望みそれは見事だった。
きちんと手入れが行き届きそれでいて華美にはならず。
宗王の人柄にも似た、落ち着いたどこか人をホッとさせる佇まい。
(そういえば、こちらの国では親兄弟って似てないんだけど、宗王と利広ってなんとなく似ているみたいだ)
チラリと宗王を見る。
宗王はにこやかに笑っている。
「いや、いつでもうちはあんなふうでしてね。驚かれたでしょう?」
「いいえ。なんだか、懐かしくて…わたしにも家族がいましたから。とても羨ましいと…」
「そう言って頂くと、助かりますね。これがうちの流儀なので。…では蓬莱にご両親が?」
「今思えば、親に本音でぶつかったことはありませんでした。親の言いなりで、そのくせ不満ばっかりで。」
陽子は苦笑する。
「蓬莱のことは後悔と懐かしさだけです。やり直せるものならやり直してみたいけれど…。
でも、こちらに来て本音でわかりあえる仲間を見つけました。ここに居るのは私の意志で選んだことだから。」
先新が深く頷く。
「だれでも後悔することはあるものではないでしょうか。大切なのはその先にあるものでしょう?
ああ、お見せしたかったのはこれなんです。」
先新は懐から一枚の紙を取り出す。
「これは、御璽…」
先新が頷く。
「御璽を押した白紙です。」
陽子はわからないというように首をかしげる。
「うちでは全員が同じ筆跡で文字を書くんです。全員が宗王というわけですね。」
「そんな…全員が…」
ようやく意味が飲み込めた陽子は絶句した。5人の王!
そしてもし自分が5人いたら…、と考える。
「なんだか羨ましいです。相談相手が沢山居るし、仕事を分けて専念できるし…いいですね」
「私からみればお一人で政務をこなしている、あなたや延王には頭が下がります。
この宗は5人の力で動いていますから。ただ…一つ心配事がありましてね。」
「5人の力で動いている国。もしだれか一人でも欠けたら、終わりになるだろうと思うのです。」
「えっ…」冗談かな?と思う陽子に先新は穏やかに話す。
「そして、危なっかしいのが一人。あなたもよくご存じの。」
「そんなことは…」
「確かに利広も自覚を持って行動していますよ。その点では信頼もしています。
しかし、ここ200年ばかりどうも危うい様子で、ハラハラさせられていました。」
「最近になってまた変わりましてね。だいぶ落ち着いた様子で。まあ、以前にも増して出歩いては
いますが…その訳は…陽子さん、あなたなのだと思うんです。」
「はあ…え、や、それは…」
思いも寄らないことに陽子は少々間の抜けた返事をした。
「慶の復興やあなたの存在がとてもいい刺激になっている、というところでしょうか?
私たちには有り難いことです。どうか、これからもよろしくお願いします。」
先新に頭を下げられ陽子は狼狽えた。
「あの、どうか、あの…わたしは別に何も…。むしろ、こちらこそよろしくお願いします。」
「いや~、600年たっても子供の心配をするなんて親ばかとお笑い下さい。」
照れくさそうに笑う先新に陽子は手を振って否定した。
「いいえ、幾つになっても親は親です。それに王の立場からも当然の心配でしょう…」
「いや、ありがとう陽子さん。慶はよい王が立たれた。…さて、そろそろ戻らないと、あとの連中が、
独り占めするなと五月蠅いですからね。ああ、うちの食事も美味しいですよ、ご期待下さい。」
先新に手を引かれて回廊をまわる陽子は、じっと先新を見ていた。
夜更け、露台からの景色を眺めていると、利広がやってきた。
「明後日、隆洽を案内するよ。見たいものとかあるかな。」
「ねえ、利広。宗王君と利広って似てるよね?」
「え、そうかな?」
「利広が年取った姿って想像できないんだけど。でも、あんな感じかなって思って。」
利広は嫌な予感が当たりそうだと顔をしかめるが、うっとりと景色を眺めている陽子は気付かない。
「いいよね…ロマンスグレー。はあ、すてきだな~」
心此処にあらずの陽子を眺めてため息をつく。
(ビンゴ!やっぱりね…。)
前々から感じてはいた。陽子は恋人というより、まだ父親的な存在の方に心惹かれるらしい。
尚隆と陽子の関係も(彼の思惑は別にして)今のところこれに近いと思う。
尚隆にあって自分にないもの。あの懐の広さ。ヒナが安心してすり寄ってくるような…。
(だから、いやだったんだけどね。連れてくるのは…)
父親がライバル!!
いやいや、これは単なる憧れにすぎない。時期がくればきっと…。
未だ夢の中にいる陽子を見ながらそう自分に言い聞かせる利広だった。
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はい、長くてすいません。おつかれさまでした。
MIRI様、2000HIT踏みありがとうございました。
リク小説遅くなってしまいましたが、なんとか出来ました。
お題は「陽子さんが清漢宮を訪問する」です。
私的には櫨家のみなさんにもう少し活躍して欲しかったのですが。
大勢の人を動かすのは難しいです。(トホホ
では、これからもよろしくお願いします~v