お使い

 

 

 

    「えーと、じゃあ、これで足りるかな…」

    「大丈夫じゃないかな。」

    「ゴメンね。忙しい時に悪いんだけど…」

    「いいって、いいって。気にしない。」

    「大したことじゃありませんよ。これのとうりで良いんですね?」

    「うん!よろしくねv」

    金と黒の麒麟が窓から出て行く。

    彼らを見送った陽子が振り向くと、戸口からこちらを見ている半身と目があった。

    「あ…あれ、景麒。いたんだ……」

    (しまった、聞かれた?)

    「今出て行ったのは、泰台輔と延台輔では…」

    (マズイ…)

    「う…うん。」

    歯切れの悪い返事に、景麒は何やら嫌な予感を感じる。

    「何事ですか?」

    ズイッと正面からたずねられて陽子は少々焦った。

    「ちょっと…お使いを頼んだんだ。」

    「お使い……。わざわざ他国の麒麟に頼むような事なのですか。」

    「あのさ…蓬莱の買い物なんだ。」

    (何を?って聞くなよ?)

    「蓬莱……」

    「泰麒なら、もし買った事がないようなものでも何処で買えばいいのか知っているし。

     デパートやマーケットでの買い方も解っている。」

    「常世で転変をといても着る物がなかったりすると困るだろう?お金も違うし、

     そういうことには六太君は慣れてそうだったから、付き添いで行って貰ったんだ。」

    (何とかなるか?もう一押し!)

    「本当は景麒に行って貰うのが一番良いんだけど、向こうの事はよく分からないだろうから

     あの二人にお願いしたんだ。どうしても必要だったから…」

    「…蓬莱のことでは、私ではお役に立てません。残念ですが…」

    (よっしゃあ!)

    見るからに肩を落とした半身が部屋を出て行くのを見ながら、心の中で

    思わずガッツポーズをする。

    (ゴメンネ景麒…でも、ちょっと内緒にしておきたいんだ…)

    

 

    12月も半ばを過ぎた頃、朝議の後で景麒は陽子に呼び止められた。

    「悪いんだけど、これからお使いを頼まれてくれないか?駄目なら明日でも良いんだけど」

    「お使い…何処へですか?」

    “政務があるんです”と無表情な顔が言っている。

    「ちょっと遠いんだ…雁と戴なんだけど……だめ?」

    上目遣いに陽子に覗き込まれて動揺した景麒だが、平静を保とうと目線を外した。

    「駄目というわけでは……お使いの内容にもよります。」

    「覚えてるかな、雁と戴の二人に蓬莱へお使いを頼んだときのこと。」

    「ああ…そういえば…(あの時はお役に立てなかった…)」

    「そのお礼をしたいんだけど、私が行くわけにはいかないだろう?」

    「かといって、こんな私的な事に官吏をつかいたくないし…」

    「それで、私が?」

    (おこってる?拝み倒すしかないか?)

    読みにくい景麒の表情を見ながら考える。

    「景麒は私の半身でもあるし、私の代わりに行ってくれないか?

     どんな使令より速く行ってこられるし…その…忙しいとは思うんだけど…」

    「主上の代わりに……。」

    「お願い、景麒。」

    「……(今度はお役に立てそうか)…解りました。参りましょう。」

    「本当?…よかった、ありがとう景麒。」

    喜ぶ陽子を見て景麒もほのかに微笑む。

    「それで、どうすれば宜しいのです?」

    「ああ、これ。この包みを届けて欲しいんだ。」

    大きめの本のような包みが二つ。見た目よりずっと軽い。

    名前を書いたカードが付けられている。

    「解りました。明日の晩には戻ってこられるでしょう。」

    「気を付けて。帰りを待ってるから。」

 

    

    

    「あれ?景麒じゃないか。転変なんかしてどうしたんだ、何かあったのか?」

    露台で景麒を見つけた六太は慌てて駆け寄ってきた。

    「…いえ、主上からのお礼をお届けに来ただけです。いつぞや、蓬莱へ

     行っていただいたときのお礼だそうです。」

    転変も解かずにそう言うと、女怪がすかさず包みを手渡した。

    「へえ〜。陽子も義理堅いな。うわ〜マフラーだ……手袋も、」

    「何の騒ぎだ?」

    「あ、尚隆!陽子から貰ったんだ、尚隆の分もあるぜ。」

    「まふらー?ほう、首に巻くのか。おお暖かいな…」

    「これ、陽子が作ったんだ。この間蓬莱に行ったのはこの糸を買うためだったんだ。」

    「陽子のお手製か。なかなか器用だな。景麒、そんなところにいないで中へ入ったらどうだ?」

    ぼーっと雁主従を見ていた景麒は、名前を呼ばれて我に返った。

    「これから戴国へ向かいますので…。おいとま致します。」

    「なんだ、戴へいくのか?陽子にありがとうって伝えてくれ。景麒、気を付けてな。」

    淡いピンクのマフラーを首に巻いた雁主従にいとまを告げて、景麒は戴へ向かった。

 

 

    雲海の上は晴天ではあるが、12月の戴は厳しい寒さの中にあった。

    雲の切れ間から雪に埋もれた戴の国が見える。

    夜中飛び続け日も高くなった頃、ようやく白圭宮が見えてきた。

    (以前来た時は、まだ泰麒は幼くてとてもお可愛らしかった…)

    (色々あったけれど、今は泰王とつつがなく国を治めていらっしゃる。喜ばしい事だ。)

    時折慶を訪ねてくる泰麒と延麒。

    胎果の三人(延王を入れれば四人だが…)は蓬莱の話で盛り上がる事が多い。

    以前は、主上が蓬莱の話をすると景麒は不安に駆られたものだ。

    お戻りになりたいのではないかと。

    いや、今にも胎果の麒麟と共に戻られてしまうのではないかと……。

    冷たい風に当たって四肢も顔も感覚が無くなってきている。

    (さて、何処に降りようか)

    日に照らされてまぶしく輝く白圭宮を見ながら考える。

    朝議中ならば内殿だが。

    多数の官吏もいるはずの所へ、この姿で行くわけにはいかない。

    私事なのだからそっと泰麒に渡したいのだが……。

 

           

    朝議もそろそろ終わり、という頃、泰麒はある気配を感じた。

    麒麟の気配。

    それは間違いなくこちらに向かって来ていた。

    「主上、麒麟の気配が。こちらへ向かっているようですが…。」

    官吏に聞こえないように耳打ちする。

    「何事か解るまでは公にしないほうが良いかもしれません。僕が様子を見てきましょう。」

    「気を付けてな。何処で迎える?終わり次第私も行こう。」

    「とりあえず、仁重殿に。」

    うなずく驍宗に一礼し泰麒は急ぎ仁重殿に向かった。

    (景台輔の使令から先触れが。仁重殿の露台に向かっているそうです。)

    汕子に促され凍てついた露台に出る。

    程なく一頭の麒麟が降り立った。

    その背中に乗せて貰った事もある懐かしい姿を、跪礼で迎える。

    「お忙しい中、お手を煩わせ申し訳ない、泰台輔。」

    「お寒いでしょう?お話しは中で伺いましょう。さあこちらへ。」

    すぐにでも用を済ませて帰りたい所だったが、体が冷えて暖かい部屋が恋しかった。

    促されて歩みを進める。

    暖かな部屋に入って、思わずホッと息をつく。

    「戴の冬は厳しいと聞いておりましたが、これほどとは思いませんでした。」

    泰麒が微笑んでうなずく。

    「今、着替えを用意致しますので」

    「いえ、たいした用事ではないのです。このままで…おかまい下さいませんよう。」

    「主上ももうすぐお見えになりますから。」

    泰麒にそう言われて景麒は少々焦った。

    「そんな大事ではないのです…。実は、主上からのお礼の品をお届けに参っただけなのです。」

    芥瑚が現れて包みを差し出す。

    「先日蓬莱へ行って頂いたときのお礼とか。お納め願いたい。」

    「蓬莱…そういえば、そんな事を言っていたな、蒿里。」

    「驍宗殿…。急ぎ国へ戻りますれば、このような姿でご無礼の段ご容赦頂きたい。」

    「かまわぬ。使者の役回りとは景台輔も大変ですな。」

    「うわあ…。すごいですね、陽子さん。ふうん…けっこう器用なんだな…」

    「これは?」

    「ああ、マフラーといって、こうして首に巻く防寒具です。驍宗様お似合いですね。」

    延主従のものとは違う薄茶のマフラー。

    模様も長さも違うようだと景麒は見る。

    「軽くて…暖かいな。蓬莱ではこのような物を巻いているのか。」

    「そうですね。とくに女の子が糸から編んだ手製のものは人気が高いです。」

    「ほう…、では、これは景王君自らの」

    「きっとそうです。僕たちは糸と編むための棒や針を買ってきただけですから」

    「お忙しい台輔をお使いだてして申し訳ない事です。」

    思わず景麒の口からため息が漏れる。

    慌てて泰麒が否定する。

    「そんな、僕のほうこそ良い気分転換をさせてもらっているんです。」

    「泰麒はおやさしい。驍宗殿、私はこれでおいとま致します。」

    「景台輔、遠いところわざわざありがとうございます。あと、陽子さんにもありがとうとお伝え下さい。」

    「蒿里が懇意にしていただき、よい気分転換や勉強になっている様子。私からもお礼を申し上げる。

     だが、景王君もご多忙の身。お邪魔なときは遠慮無く追い出して下さい。」

    笑いながら驍宗が言う。

    「ご配慮痛み入ります。では、失礼致します。」

    その声に笑いが含まれているように思えた主従は、しばらく景麒の去った空を見上げていた。

     

      

 

    日はとっくに暮れて暗い空を金波宮に向かう。

    今は、解っている。

    主上達は蓬莱をただ懐かしんでいるだけだと。

    他愛のない話をして楽しんでいるだけだと。

    戴ほどではないが、慶も12月の夜は寒い。

    夜も更ける頃やっと金波宮に戻った景麒は衣服を付けるのに手が凍えているのに気づいた。

    扉を開けると陽子が立っていた。

    「お帰り、景麒。ご苦労様。」

    「主上、今戻りました。延主従も泰主従も大変お喜びでした。」

    「それはよかった。」

    「それにしても、こんな夜更けに仁重殿にいらっしゃるとは――」

    いつものお説教になりそうな気配に慌てて遮る。

    「お前を待ってたんだ。」

    「は?」

    「待ってたんだ。寒い中遠くまで大変だったろう?ああこんなに冷えて…」

    頬に触れられドギマギする。

    ふわり、と首に暖かくて柔らかなものが掛かった。

    薄紫の柔らかなマフラー。

    「これは私からのお礼だ。ありがとう景麒。」

    「いえ…こちらこそ、ありがとうございます。」

    見れば、陽子も薄紫の大振りなショールを巻いている。

    お揃いだ、と思う。

    なんだか嬉しくてマフラーに顔を埋めるようにする。

    「本当に、暖かい…」

    その様子を見て陽子はホッとする。

    「よかった、喜んで貰えて…」

    「実は、もう一つ黒い色のも作ったんだ。それを付けて尭天へ行ってみないか?」

    「それは…かまいませんが…」

    「やった〜。憧れだったんだよね、手作りのペアルックv」

    「ペア?」

    「約束だぞ?じゃあな」

    頬を染めた陽子は慌てて出て行く。

    (なんだかよく分からないが主上もお喜びのようだ。まあいいだろう。)

    でも、……と景麒は思う。

    戴はとても寒かった。

    できれば、お使いの前に賜りたかったです……

    

 

 

              麒麟の足で各国を回るとどの位時間がかかるのでしょう?すう虞は1国を1日でかけると言われて

                 いますが、それよりは速いんでしょう。2国まわって1日半…けっこういいかげんですが、

                 つっこまないようにお願いします(笑)あと、編み物や毛糸もないって事で…(爆)

                                     

                 (ちぃ↓)

                 ・・・・・テスト勉強で忙しいので、みーが書いてくれました!!

                 もうしばらくたったら(テストが終わったら)私も遅くなってしまったお詫びにSSが書きたいです〜。

                 武藤サマ、5555HITの報告・リクエストありがとうございました!!!!!