春宵 

                      

                 「見て!浩瀚様よ。」

           「きゃあ、素敵v いつ見ても颯爽としていらっしゃるわ」

           「あーん、お声を掛けてくださらないかしら。」

           「お話ししてみたーい。」

          「してみる?」

          「!…しゅ、主上!!」

                    回廊の柱越しに、はしたなくものぞき見をしていた女官達は、突然声を掛けられて飛び上がった。        

          慌てて叩頭する。

          ややぎこちないその動きは、今年入りたての新人女官らしい。

          「浩瀚って人気あるなあ…」

          クスリと笑うと、官服を着た声の主は足早に回廊を渡っていった。

         

          午後の政務をこなしながら、浩瀚は少々居心地悪い思いをしていた。

          大切な想い人でもある陽子との午後の政務は、浩瀚にとってやりがいのある仕事なのだが。

          当の陽子の様子がどうもおかしい。

          政務は大分慣れてきて、てきぱきとこなしているのだが、ふと気づくとじっとこちらを見ていたりする。

          ぼーっと見ていたり、にやにやしたり、ため息をついたり、くるくると変わる表情はそれはそれで可愛いのだが。

          いったい何を考えているのか、見当もつかない。

          政務のことならたいがいのことには対処できると自負しているが、この胎果の女王の言動にはいつも驚かされる。

          その発想の自由さは妬ましささえ感じるほど斬新で浩瀚を魅了する。

          さて今日は何を言い出すのやら。おもわず苦笑がもれる。

          「主上、そんなに見つめられると穴があきそうです。何か顔に付いていますか。」

          「え?…あ、いや別に何も…」

          「では、何かおっしゃりたいことがおありですか?なにやら落ち着きがない御様子ですが。」

          自覚がなかったらしい陽子は肩をすくめた。

                    「…ん。あのね、浩瀚って、仙になってどのくらいなのかな〜、って思ったんだ。」

          「それは、何年生きているのかということですか?」

          「そう、だって見た目は延王ぐらいに見えるけど、州候として何年いたのか、その前はどうだったのか、

           知らないし。」

          「さて…、仙になって年を数えるというのも余り意味がないように思いますが…。なぜお知りになりたいのです?」

          「浩瀚は今官邸で一人暮らしだろう?以前はどうだったのかな、なんてね。家族とか、…恋人とか…いたの?」

          (おやおや、それですか。興味をもっていただいたのは良いのですがね…)

          「まだ、仙になって50年くらいですね。私の両親はすでに亡くなりましたが、弟が麦州におります。仙になってしまうと、

           特に金波宮に来ると下界との縁が切れてしまったも同然で、ほとんど会っていませんが。それと…妻がいました。」

          「結婚してたの!?」

          驚いた陽子はつい大きな声をあげてしまって慌てて口を押さえた。

          「州候になる前に別れましたが。公務に明け暮れていましたら、お互いにすれ違ってしまいまして。まあ、それからは

           気ままな一人暮らしをしていますが。」

          「知らなかった…。そう、だよね。浩瀚ほどのひとがずっと独身っていうほうがおかしいよね?」

          「皆さんそうおっしゃいますね。いまひとつ私にはピンとこないのですが。…ところで主上。」

          自分に何かを言い聞かせるようにしていた陽子は声を掛けられて弾かれたように浩瀚を見た。

          「え、な、なに。」

          「こういった場合、子供はいるといった方がいいのでしょうか。いないと言うべきですか。ああ、いっそ、病死といった方が

           真実味が増しますか…。」

          「こっ、子供…え?真実味?」

          ニッコリと笑顔の冢宰をまじまじと見る。

          「おや、私らしくないでしょうか?では、こちらではどうです?」

          「相次ぐ争乱で孤児となった私は里家で育ちましたが、偶然松伯にお会いして松塾に入り官吏となりました。

           以来、公務一筋で、特に興味を引かれる女性もおりませんでしたからずっと独身でいました。仙になって

           やっと15年ほどですが政敵が多くて、浩瀚は女より男の方が好みなのだろうと噂を流され困っています。」

          「ははは…ウソ」

          「やはり、真実味に欠けるでしょうか?ならば、仙になって30年になりましたが、20年ほど前に妻は病気で…」

          「もう、いい!…どれが本当なんだ…全部ウソなのか?」

          ガタン、と立ち上がった陽子はつかつかと浩瀚に歩み寄った。

          「どうやら、お好みに合わなかったようですね。でも少しは本当のことも入っているんですが。」

          笑顔のまま立ち上がる浩瀚をにらむが、まるでこたえていない様子。

          「どの辺がホントなんだ。」

          「今一人暮らしというあたりは、主上もご存じですね。」

          「それだけ?」

          「私らしい、とはどういう事を言うのでしょうか。たとえ真実をお話ししても聞く者の観念から外れていれば信じがたい

           ものでしょう?」

          「う…、そう…だな。確かに…さっきも“これはないだろ”って思ったことがあったし…でも、それは私が判断する事じゃ

           なかったんだな。」

          うつむいた陽子の頬にそっと手を当てささやくように話す。

          「ずっと愛しい貴女と共にありたいと願っているのです。私には今この時と遙か未来まで続くこれからの時のことを

           考えるのに手一杯で、過去など遠くに霞んでしまいましたが。それではいけませんか。」

          頬に触れた浩瀚の手に陽子は自分の手を重ねた。

          「今朝、浩瀚を見かけた新人の女官が喜んでいたんだ。それを見ていたら、有能で高い地位で見た目も良いって

           いったらもてるだろうなって思って。そうしたら今まで恋人とかいたのかなって気になったんだ。

           確かに結婚してたって聞いたときは驚いたけど。でも、今は私のこと好きだって言ってくれるし、浩瀚が独りなのも

           知ってるから。だから過去に何があっても浩瀚を好きな気持ちは変わらない。」

          そっと愛しい人を抱きしめる。国という重責をその身に背負うにはあまりにも華奢な体を。

          有能・高い地位・見目良い…この女王はそれが自分に当てはまっているとは思わないらしい。

          なによりその心を欲して止まない者達がどれ程いるか。

          他国の王や太子、神獣といわれる麒麟達、自国の者やこれからの次世代に活躍するであろう学生達…数え上げれば

          きりがない。

          そんな連中から手中の珠を遠ざけ、自分のものとし続けるのには、浩瀚といえど過去など振り返っていられない。

          くすり、と浩瀚の胸の中で女王が笑う。

          「公務一筋でずっと独身って、意外に本当かもな。だって、女心を解ってないし。」

          「女心…ですか?」

          陽子はうなずき両腕を浩瀚の首にまわしてその顔を見上げた。

          「好きな人のことは知っておきたいものなの。」

          一瞬目を見張った浩瀚だがすぐに苦笑に変わった。

          「……降参です。」

          そして、そっと唇を重ねた。

        

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                                  5000HIT キリリク あいか様 ありがとうございました。

                                  お題は「浩陽」でした。

                                  浩瀚…ナゾな人です。金波宮の中枢にいながら、そのプロフィールは

                                  殆ど解りません。と、いうわけで、「こうもあろうか?」というところを書いて

                                  みましたが…。私的には、妻子がいそうな気もするのですが、ちぃさんに

                                  「浩陽前提なのに結婚していてどうするんだ…」とおもいっきり脱力されました。                                                            

                                  そりゃそーだ。今まで立場上、「接待」とか「据え膳」(意味解らない子はわからなくて

                                  良いのですョ)とか多そうですが政敵が多いことを考えても迂闊に手を出すことは

                                  出来なかったろうと思います。けして「清く正しく」がモットーの人だとは思えないの

                                  ですが。清濁合わせ持って裏の裏も知っていて、なおかつ、正しい道を探そうと

                                  努力する人であって欲しい。まあ私の願望です。

                                  このあと浩瀚はプロフィールを陽子の耳元で囁くのですv

                                  ラブラブ、ラブラブと繰り返しながら書きましたが…はは、これ以上書くとR指定に

                                  なりそうなので止めときます。爽やかなラブロマンスを書いてみたいのに、なぜ

                                  こうなるかな…。

                                  あいか様、ご来訪ありがとうございました。

                                  これからもよろしくお願いします。