風 2

 


    すう虞に乗った青年が荒廃した国の上空を横切る。

 見下ろす目は無感動に荒れた大地を映しているが、口元には笑みが浮かんでいる。

 それは

 ――自嘲のようにも見えて――

 

 600年常世を彷徨ってきた。

 幾つもの国の始まりと終わりを見つめてきた。

 …正直、もう飽きた…と思う。

 国の始まりの混乱も、終焉を迎える荒廃さえも

 もう自分の心を動かさなくなった。

 何時か来る終わりを望む自分を

 でも、何とかこの世に繋ぎ止めるすべを求めて彷徨う。

 風漢――君も同じ

 

 王がいない間、国の荒廃を止められないのなら、

 どうすれば民を守ることが出来る?

 国を、民を守るために一つの王朝が永く続いた。

 その結果がこれだ…600年という長さ。

 自身はとっくに生き飽きていつ終わっても良いというのに、

 飽き飽きした生にしがみつくのは何のため?

 ――私には家族がいるからねえ――

 いつも温かく迎えてくれる家族が…

 多分、誰か一人欠けても、この国は傾いていくだろう。

 それぞれが、それぞれを支えている。

 だから、永く続いている。

 父も母も淡々と自分の務めを果たし

 兄も妹も国に良かれ、民に良かれと…

 

 ――いつだったろうか。

 ――気づいてしまった。

 

 若くして時を止めた妹の、そのくるくると変わる表情がふっと翳る。

 人形のように感情を映さず虚ろな瞳。

 恋をしたり、破れたり、泣いたり、笑ったり、怒ったり…

 愛すべき妹の、生きているのに死人のような瞳。

 ほんの…ほんのわずかの間だけれど

 

 ――私も同じだね、きっと――

 荒廃に心が揺らがなくなった。

 ――きっと家族の中で一番重症だ――

 

 人の世は子供が生まれ、死に、また生まれ、代々繰り返し永遠に続いていく。

 その世界にずっと居続けられるわけがない。

 沈まない王朝はないから――

 珠晶は、荒廃した大地を襲う妖魔に備えると、在位中から準備している。

 そう、王が居ても居なくても民はあり続けるのだから――

 だが、どれだけのことをすればいいのか。

 どれだけのことが出来るのだろうか。

 自国が傾いていく、その時に…

 

 あの、風漢は、

 その麒麟とふたりきりで、500年頑張ってきた。

 先人である私と彼が出会ったのも、天の配剤というものだろうか。

 彼はけして弱音は吐かないけれど、それでもその永き生を持て余している。

 雁国は栄えても、荒民の悩みは尽きない。

 どこまで行っても見えない、その出口を探すのに飽きてしまったら――

 500年の繁栄

 だが彼は、必ず、その麒麟諸共あの国を道連れにするだろう。

 いろいろな意味で見捨てることが出来ないはずだ。

 荒廃させるくらいなら、自分の手で決着をつけようとするだろう。

 孤独の中でこの世との繋がりを求めてきた彼の思いは、私などと比べられないほど重いのだろう。

 ――だから…すべて自分の責にして――

 

 ――でもね、風漢。常世も変わるよ――

 

 風漢も感じたはずだ。

 新しい風を。

 慶の女王がもたらした風。

 微風だが、でもきっと私たちを巻き込んで大きな風を起こす。

 まだ自分の朝すら持て余し気味の年若い胎果の女王。

 自分自身の王であれという初勅といい、

 泰麒捜索で各国麒麟と王の協力を要請したことといい、

 ――いったいこの世界の誰が考えるだろう?

 及びもつかないその発想。

 圧倒的な存在感!

 

 ――なんて魅力的なんだろう。

 ――風漢もそう思うよね。

 

 探して、探しあぐねて、そして飽きて…

 でも、糸口が見えるかもしれない。

 風漢や私が探していた答えの。

 

 まだ在位10年そこそこの彼女を

 500年と600年が後押しして

 この先、何百年かかろうと、必ず糸口を掴もう。

 どんな答えが待っているか楽しみじゃないか?

 それまでは、飽きている暇などないね。

 

 ――楽しみが出来たから

 

 ――ねえ、風漢

 

 今までの常世の国を大きく変えていく

 最初の風になろう。

 

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          「風」の利広バージョンです。

          何かの用事で慶で会って、一緒に帰路についた途中。

          どちらからともなく、気まぐれで荒廃した巧国に降り立った風漢と利広。

          ようやく復興しつつある慶に安堵しつつ、荒廃した国を眺める二人の胸の内。

          そんな情景を思い浮かべつつ書いたものです。

          こちらも、ちぃさんのサイトで間借りしたときの作品。

          やはり一太郎で作ったものなので、書き換えてみました。