「じゃあ、ね」

        

        すう虞に乗った男はそう言うと、振り返ることもなく灰色の空を駆けてゆく。

        気負いも屈託も感じさせないその背中に、同じく永い時を生きる者の想いが交差する

        「あいつとて同じはず…」

        荒れ果てた大地を煽るように風が吹き抜ける。

        王も麒麟もいない巧国の様子は五百年以上前に目の当たりにした風景と重なる。

        そして、自分が斃れた後の――。

 

        ――生き飽いていた――

        

        いつも出会うのは傾きかけた国。

        縁起でもないと言いつつ別れ、それぞれの国へ情報を持ち帰った。

        

        ――いつからだったろうか、荒野にまで出向くようになったのは――

           生き飽いて、生きることに興味を失ったとき、妖魔の跋扈する国に行った。

           暇つぶしに――剣の稽古のつもりで妖魔を斬った。

           命を落とすことになっても構わなかった。

           それが、国にとってどんな意味か承知の上で。

          

           ……どうせ、もうじき滅ぼす国だ。

           妖魔を斬った血が、また妖魔を呼ぶ。

           何度となく繰り返し、突然襲撃が途絶えて。

           見回した周囲の景色。

           血の海に沈む妖魔の骸。

           血にまみれた己の姿。

           遙かに山火事の炎が見えて。

           脳裏に鮮やかによみがえるそれは、遙か昔失った国。

           蓬莱と呼ばれる国の瀬戸内の。

           若、と呼ぶ民の声が聞こえて…

 

           どうやって戻ったのか、気がつけば玄英宮だった。

           国を興し、いささかの繁栄をもたらした。

           だが、まだ問題も多いこの国をこのまま見捨てるのか。

           それで、あの民に顔向けできるのか。

        ――集めていた碁石を書庫の奥深くへ投げ入れた。

        

        以来、幾度か荒野に立ってこの世に繋ぎ止められてきた。

        柳が傾く少し前、他国の荒野で利広に会った。

 

           「おや、風漢。久しぶり」

           相変わらず手の内を見せない笑顔で。

           だが、荒野をさまよう視線に己と同じ影がさす。

           「珍しいな。こんな所で。」

           「長生きしていると、たまには変わったところを見たくなるんだ。」

           「長命な太子に聞きたい。」

           「なんだい、あらたまって。」

           「長寿の秘訣なぞを。」

           一瞬、呆気にとられたように風漢を見やった利広はけれど、クスリ、と自嘲気味に笑う。

           「私こそ知りたいね。そんなものがあるのなら…まあ、しいてあげるなら…家族かな…」

 

        この世に繋ぎ止められている、その鎖を引きちぎってしまうほどには、まだ。

        生き飽いていたけれど、もう少しは――。

        年々鎖が細く軽くなるのを感じながらじわじわと生きてきて。

 

        そして、胎果の女王と出会って…。

        

        初勅で伏礼を廃し、不羈の民になれと言う。

 

        今までほとんど不干渉だった常世の王と麒麟を動かし、泰麒を見つけ出した。

        まあ、実質説得に動いたのは俺と利広だったが…。

        いまだ慶国の中では女王に対する風当たりが強い。

        だが、それもじきに変わるだろう。

        利広ですら驚いた、あの覇気の強さ。発想の自由さ。そして美貌。

        常世に新しい風が吹く。

        彼女を中心にして。

        俺も利広も嬉々としてその中に飛び込むことだろう。

        

        「あいつとて同じはず…」

        灰色の空に、すでに人影はない。

        たまに乗って飛翔する。

        眼下に荒れた大地が広がる。

        「当分見ないですみそうだ。」

        ゆっくりと雁へ向かう。

        

        「おもしろくなってきたな。」

        

        

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             「STAR  DREAM」 ちぃさんがサイトを立ち上げる際、賑やかしに間借りしてアップしてもらったものです。

             なんと、オンラインデビューの初小説です。

             一太郎で打ったものをのせたので、改行などバラバラでした。

             今回少々時間が出来たので、アップしなおしてみました。