海の華

 

 

               「あ、雨」

       誰かの声にふと上を向くと、風と一緒に雨粒が顔に当たった。

       いつの間に寄ってきたのか、先程までの晴天は黒い雲に覆われつつあった。

       遠雷が聞こえてくる。

       「陽子、急ぐぞ。」

       足場の悪い磯を急いで通り抜ける。

       磯遊びに興じていた人々があちらこちらから浜に駆け戻っていく。

       浜には、遊びに来る客のための休息所を兼ねた茶店が幾つかあった。

       雨脚は速く、陽子と尚隆が手近の店へ駆け込む頃にはどしゃ降りになっていた。

       子供連れの一団が嬌声にも似た声をあげながら、荷物でも預けてあるのか、遠い茶店へ走っていく。

       ピシッ、と光った。と思う間に、バリバリバリッと空気を裂く音が響く。

       突然の轟音に店に逃げ込んだ人々は一瞬息をのんだ。

       が、すぐに驚きと不満の声にかわる。

       しかし、昼過ぎだというのに夜のように暗くなった室内に雨音と雷の音が響き、その声さえ聞き取り

       にくい有様だった。

 

 

       「こっちへ来て座ったらどうだ?」

       苦笑しながら尚隆に言われ、ずっと玻璃の入った窓から外を見ていた陽子はやっとそこから離れた。

       「凄い。真っ暗だし、雨のせいで海も見えない。」

       店の者が灯りを点けてまわっている。

       「生憎だったな。だがにわか雨だ、じきあがるだろう。」

       「この辺では良くあることなんですか。」

       「ここの海は黒海といって、ここから冷たい風が流れ込んでくる。この海の沿岸部は、特に今日

        のような暑い日には、にわか雨は多い。これほど強い雷雨は滅多にないようだが。たとえば

        天気雨のように、晴れているのにパラパラと雨が降ったりするのはいつものことだ。」

       尚隆に「見せたいものがある」と連れてこられたのは、元州の南の鄙びた漁港だった。

       小さいながらも美しい砂浜が広がり、波はとても穏やかだった。

               砂浜の端に舟溜まりがあり、その先に岩場があった。

       磯遊びをするのにちょうど良く、観光客に混じって陽子達も磯に降りたのだった。

       海にはあまり馴染みのない陽子は、磯の小さな生き物に目を見張った。

       色とりどりの小魚や貝。水槽の中ではなく、ありのままの自然の姿に夢中になった。

       少々夢中になり過ぎて、雲行きが怪しくなったのに気づけなかった。

       濡れて頬にへばりつく髪を払いながら、出された冷茶を飲む。

       (今頃あの磯はどうなっているんだろう。魚たちも何処かへ隠れているのだろうか。)

       玻璃の窓を見るがただ暗い空が映るだけだった。

       「陽子は、海にあまり馴染みがないようだな。磯場は初めてか?」

       言われて自分が随分と夢中ではしゃいでいたことを思いだし、陽子は赤くなって肯いた。

       「巧から雁へ来るのに船で海を渡りましたが…蓬莱でも覚えている限りでは海に行ったことはないと

        思います。」

       海はおろかプールでさえ。

       塩素の効いた水に濡れ、日にさらされた髪は、翌日学校を休みたくなるほど赤くなったから。

       母親が何かと理由をこじつけ、プールはいつも見学だった。

       だから、未だに泳げない。

       暑い夏空に響く水しぶきと級友の気持ちよさげな嬌声を苦く思い出した。

       「尚隆は確か、瀬戸内の出身とききました。海の近くだったんですか。」

       「ほとんど毎日のように海に出ていたな。釣りをしたり、舟を漕いだり。漁師の小倅共と遊び回って

        いたから、うつけものの三男坊と言われたっけ」

       遠い昔の記憶を愛おしむように話すその顔が寂しげに見えるのは、彼の国がとうに滅亡している

       ことを聞いていたからか。

       「じゃあ、泳ぎは得意ですよね。いいなあ、私は全然泳げなくて…」

       「そうか?泳げなくても別段どうということもないと思うが。」

       「それは、まあ今は確かにそうですけど。でも、出来ないより出来た方が良いでしょう?それに

        泳ぐのって気持ちよさそうだし。」

       「まあ、な。」

       尚隆は言い張る陽子を面白そうに見ている。

       「でしょう?それに…」

       可愛い水着が着てみたかった。

       プールに入れない陽子には買ってもらえなかったから…。

       今流行のセパレートタイプ。色も鮮やかな。

       「それに?」

       促されて尚隆を見てハッとする。

       「こちらでは、水着なんて無いんでしょうか。泳ぐときは、どんな服装なんですか。」

       「みずぎ?いや、こちらでは特別に着るものというのは…小衫とか袍のままか…」

       「やっぱり…」

       ガッカリする。考えてみたら、暑さのために腕まくりをしたり足首をちょっと出しただけで、

       はしたないと言われる所なのだ。水着など着たらなんて言われるか…

       見るからに落胆している陽子を見て、(本当に退屈しないヤツだ)と思う。

       見ていて飽きない。気づくと目で追っている自分がいる。

       次にどんな反応が返ってくるのか楽しみに待っている、そんな自分に呆れながら。

       (歓心を得ようとするとは、俺も重症だな。…だが、まあ悪くないさ)

       ーーこんな雨で舟は出るのかねーー

       ーー中止じゃないだろう?祭りはーー

       あちらこちらから店の者に声がかかっている。

       「祭り?何かあるんですか?」

       尚隆が言っていた「見せたいもの」

       それが何なのか聞いてなかったなと陽子は思う。

       「海華祭と言ってな、今宵海で見られるものだ。」

       「海で…」

       「日が暮れたら舟が出る。此処にいる客はその為に来たんだろうからな。」

       舟…それで天気を気にしているのかと納得する。

       「いったい何が見られるんですか?」

       「それは、見てのお楽しみだな。」

       いたずらっぽく笑う尚隆に少し不満顔が出てしまった。

       「そうだな、人によって好みが分かれるから、前評判など聞かない方が良いかと思ってな。

        俺はあの暖かみのある色が気に入っているが、六太は、あれは寂しくてイヤだというし、な。

        陽子には、どんな風に見えるのか、後で聞かせてくれ。」

       はぐらかされた上になにやら宿題も出されてしまった。

       (ずるい)と思いながらフイッと顔をそむけると、窓が明るくなっている。

       「あ。」

       立ち上がって窓から外をみる。

       降り出したときと同じくらい突然に雨は止み始めていた。

       黒い雲は切れ、青空がのぞく。

       気の早い客達は、もう外に出ている。

       「さて、俺たちも行くか。」

       尚隆が立ち上がった。

 

 

       雨の上がった砂浜に小舟が何艘か引き上げられている。

       屈強な男達が何人も働いている。

       「おい、そこの兄さん。祭りの舟は決まったかい?まだなら安くしとくぜ。」

       あちらこちらから声がかかる。

       「や、悪いな、もう決まっている。」

       いちいちに返事をしながら浜辺を歩く。

       ずいぶんと楽しそうな尚隆をちらと見上げる。

       「おーい、ちょっと手伝ってくれ。」

       浜に引き上げ中の船端から尚隆に声が掛かる。

       「おう!…すまん陽子、ちょっと待っててくれ。」

       そう言って腰のものを陽子に預け走っていく。

       船縁に取りついた尚隆は他の男達と舟を引き揚げにかかった。

       「あ〜あ、楽しそうな顔をしちゃって。」

       乾いた砂の上に腰を下ろす。

       蓬莱でも尚隆はこんなふうに民に混じっていたのだろう。

       民に頼りにされたり、じいやみたいな人に帷湍さんや朱衡さんから言われるみたいなお小言を

       もらったり。

       釣りとか水泳も遊び仲間に教わったのかな。

       若様で案外不器用だったりして、「へたくそ」なんて親しみを込めて言われてたりして…。

       いかにもありそうな気がしてくすりと笑いが漏れる。

       浜辺を見渡す。

       入り江が幾つも重なった奥の方にあるこの浜は波も穏やかで。

       入り江のそこかしこには幾つもの島が見える。

       実際に見たことはなかったが、教科書で見た瀬戸内海の写真に似ているような気がした。

       滅んでしまったかの国と似ているこの浜で、見知らぬ民にかこまれて、尚隆は辛くないのだろうか。

       苦い思いと共に懐かしいと思うのだろうか。

       思い出すことは戒めだろうか、それとも救いになっているのだろうか。

               もし、私だったら。

       あの蓬莱の家並みにそっくりな街を見つけたら…。

       居ないと分かっている人を探すだろう。

               探して、探し疲れて諦めるまで…。

       その後、再びその街を訪れるだろうか。

       逢いたい人の居ないその街に。

       それは、ひどく寂しくて空しい…そんな気がした。

       「悪い、待たせたな。」

       香ばしい香りに顔を上げると尚隆が戻ってきていた。

       手に持っていた焼いたとうもろこしを陽子に渡す。

       「良い匂い。でも、これどうしたんです?」

       「手伝った礼だと貰った。」

       陽子の傍らに腰を下ろす。

       「え、じゃあ…」

       返そうとする陽子に、尚隆は小ぶりな酒瓶を見せる。

       「俺はこっちが良い。」

       「いつの間に…」

       苦笑する陽子に構わず瓶の口を開けグビリと一口飲む。

       「ん、ひと仕事した後は格別うまい。陽子も冷めないうちに食った方が良いぞ。」

       「じゃあ、頂きます。」

       香ばしい香りとともにガブリと食べると、口いっぱいに甘みが広がる。

       「あま〜い!」

       (とうもろこしってこんなに甘かったっけ?)などと思いながら頬ばる。

       その姿に尚隆は苦笑する。

       (まだまだ色気より食い気…だな。ほっぺたにとうもろこしが付いてるぞ。)

       「うまいか。」

       コクコクとうなずいた陽子はまだ囓っていない側を尚隆に差し出した。

       「美味しいです。尚隆も一口味見してみませんか。」

       「ん」

       尚隆はとうもろこしを持っている陽子の手ごと握ると口元へ持ってきたが、

       そこで少し力を入れて陽子を引き寄せた。

       陽子の頬についたとうもろこしを舐めとる。

       柔らかな頬の感触とかすかな甘み。

       「確かに、甘いな。」

       ニヤリと笑う尚隆に耳まで赤くなった陽子が訴える。

       「…な…じゃなくて…と、とうもろこしですぅ。食べるのは〜」

       「付いてたぞ、此処に。」

       自分の頬を指し示す尚隆に慌てて口元をぬぐう。

       「そ、そういうことは、先に言って下さい…」

       (まったく、この人は…こうやってすぐからかうんだから…)

       ぷん、と後ろを向いて、おもむろにとうもろこしにかぶりつく。

       「もう、あげません!」

       くすくすと笑う尚隆に構わず食べきってしまう。

       芯を棄てて、今度は念入りに口の周りを拭いて戻る。

       「ごちそうさまでした。」

       「いや、どういたしまして。こちらこそ。」

       ケロリと言い放つ男に後ろから蹴りを入れたくなった陽子だったが、

       男も自分も茜色に染まっているのに気づいた。

       「夕焼け…」

       赤い光にさざ波がきらめいて反射している。

       「ここは、瀬戸内によく似ている。俺の育った領地の浜に。」

       ぽつりと尚隆が言う。

       (ああ、やっぱり…)

       なんと言えばいいのか分からなくて黙っていた。

       「初めてきたときはさすがに辛かったな。俺と浜は此処にあるのに、見知った顔の民が

        一人もいないんだから。みんな俺の目の前で死んでいった。解っているのに。」

       「そんな顔をするな、陽子。500年も経つとただ懐かしさだけしか残らんよ。

        第一、肝心の民の顔はもう思い出せない。浮かぶのはみんな雁の民の顔になってしまってな。」

       「この国の民?」

       「そうだ。それだけ此処に永くいるということだな。俺なりにこの国には思い入れもあるし、

        根も張ってきた。蓬莱を忘れたいとは思わんし、忘れられるものでもないと解っているが。

        良いにつけ悪しきにつけ蓬莱の記憶が朧になってきているのは、永くこの地にとどまっている

        ことへの褒美だと思っている。…ああ、朱衡達には言うなよ。惚けたと言われるからな。」

       忘却というのは神様が人に授けた福音である…陽子はそんな言葉を思い出しながら肯いていた。

       (いつか私にも、そんな日がくるんだろうか…)

       「じき、日が暮れる。船宿に戻るか。」

       あかね色に染まりながら、二人は砂浜を歩き出した。       

 

 

       地元の網元がやっている船宿には、宿専用の舟溜まりがあった。

       五人も乗れば一杯になりそうな小舟は、静かな海を滑るように行く。

       船首に極小さな灯りが点っているだけで、他にはなにもない。

       目をこらすとあちらこちらから大小さまざまな舟が沖へ向かっている。

       「驚きました。尚隆は舟も漕げるんですね。」

       小舟と聞いてなんとなく公園のボートを思い浮かべていた陽子は、釣りに使われているという

       和船を見て驚いた。

       二人で乗り込んだときにわずかによぎった不安は、しかしすぐに消えた。

       船尾で櫓を漕ぐ尚隆は思いの外慣れた手つきで、他の舟との間隔を置いて器用に沖へ

       出て行く。安定感もあり、なかなか快適だ。

       「これでも蓬莱では、海賊の大将をしていたんでな。船頭の真似事くらいはなんとかな。」

       左に島影が黒く浮かんでいる。それがどんどん近くなり、舟は島に沿って大きく回り込んだ。

       隣の舟は陽子の乗っている舟より随分と大きい。

       十人以上乗れるようで、シルエットから屋根が付いているようだった。

       (屋形船みたい…)

       やはり灯りは少なく、中に乗っている人までは窺えない。

       突然嬌声が聞こえ、陽子たちの舟と隣の舟の間にもう一艘、舟が割り込んできた。

       声からすると地元の若者達だろうか。

       陽子たちの舟と同じくらいの大きさの舟に六、七人も乗っている。

       めいめいが慣れた手つきで櫂を漕いでいたので、恐ろしく速い。

       「いけいけ〜。追い越せ〜。」

       「うっしゃ〜!一番乗り〜。」

       あっという間に陽子たちを追い越し遠ざかっていった。

       「うわ、速い…」

       尚隆は眉をしかめる。

       「ああいう連中はどこにでもいるが…困ったもんだ」

       (昼間ならともかく暗い海では少々危険だな。まして今日は祭りで舟が多い。)

       島を回り込むともう一つ島があり、その周辺にはすでにおおくの舟影が見えた。

       海面がぼんやりと光っているように見える。

       舟の間を通り抜け島の裏へまわる。

       波も穏やかで舟もまばらになった。

       「この辺にいるのは地元の連中だな。静かで良い。陽子、海面を覗いてみろ。綺麗だぞ。」

       船縁につかまってそっと海を覗き込む。

       「えっ…星みたい、うわ、凄い。」

       無数の星が海の中にあった。

       「海華という小さな生き物が光っている。この時期、ここにだけ集まってくるんだが、

        地元では海で亡くなった者の魂が復ってきたんだと言われていてな。いつからか

        結構な評判をよんでここの観光の目玉になっている。」

       薄い紫のようにも見える小さな光は、海中を漂い奥行きを感じさせる。

       それは、そのままこの辺りの海の深さも思わせたが、すぐそばの海面近くの光には

       手が届きそうだった。

       「綺麗ですね…。」

       魅入られたように身を乗り出す陽子に苦笑する。

       「あまり身を乗り出すと落ちるぞ。」

       そのとき先程の嬌声が響き、尚隆が顔をしかめたのと同時にドンと舟に衝撃があった。

       「お、わっ!」

       大きく傾いだ舟を立て直そうと、反射的に体に力を入れて櫓を握る。

       ばしゃん、と水音がした。

       「陽子!」

       なんとか転覆は免れたが、弾みで陽子が海に投げ出された。

       

       

       (わぁ…)

       音のない静かな闇。

       陽子の周りを無数の小さな光が取り囲んでいた。

       (まるで、宇宙だ…。なんだか暖かい色。すごく落ち着いた気分だ…)

       手を伸ばすと、まるで近寄ってくるように手の中に収まる光。

       (昔の人が魂だって考えた気持ち、解るなぁ…)

       そして、息を吸おうとした鼻から突然海水が入ってきて陽子はパニックになった。

       (く、くるし…海の中!!泳げないってば!た、たすけ…)  

       もがいて、もがいて、どうにもならなくて息を止めていられなくなった陽子は、

       (もうだめ。海水が入ってきても良いから息を吸ってやる!)

       麻痺しかけた思考で思い切り息を吸おうとした。

       とたんに、わずかばかりの海水と空気が鼻と口に入りむせ混んだ。

       くぐもっていた音がはっきり聞こえはじめ、舟に海水の当たるピシャピシャという音で我に返る。

       少しずつ息が整い、やっと自分の状況が解ってきた。

       海面からかろうじて顔を出している自分。

       どうやら、誰かが後ろから片腕を回して自分を支えてくれているらしい。

       その腕にしがみつく。足がつかないことにぞっとする。

       「陽子、落ち着け。大丈夫だから。」

       ちらと振り返ると尚隆が見えた。

       「尚隆!」

       すぐ脇に舟があり、尚隆の右手は船縁を掴んでいた。

       「手を伸ばせ。舟を掴めるか?」

       陽子の手が船縁にかかる。

       「押し上げるから、舟に乗れ。」

       尚隆に押し上げられても濡れた服が思っていた以上に重くて、陽子は舟にあがるのに力を振り絞った。

       這い上がるようにして舟にあがると、伏せたまま動けなかった。

       ぐらりと舟が傾くとバシャッという水音とともに尚隆があがってきた。

       「やれやれ、まいったな。…とんだ災難だ。陽子、大丈夫か。」

       やっと起きあがった陽子は震えていた。

       (無理もないか、溺れかけたのだからな)

       安心させようと尚隆は陽子に手を伸ばした。

       そっと包み込むように抱き寄せる。

       「どこか苦しいところがあるか?」

       尚隆の胸に顔を埋めるようにしていた陽子が、ない、と首を振った。

       (いつもなら、肩に触れただけで「せくはら」だなどと柳眉を逆立てるのに…。よほど

        心細いのだな。)

       「怖かったか?」

       コクリと肯く。

       「…死ぬかと…思いました。」

       ぎゅっと尚隆の胸元の服を掴んでいる。

       「そうか…辛かったな。もう、大丈夫だ…」

       安心するようにそっと肩を抱く。

       …どの位そうしていたのか。

       周りの舟はすでに帰りはじめて、そこ此処に見えていた舳先の灯りもまばらになった。

       「ありがとう…」

       陽子がつぶやくように言った。

       「海の中から助けてくれたんでしょう?尚隆が助けてくれなければ溺れてました。ありがとう。」

       大分落ち着いた陽子にほっとする。

       「いや…泳げないのを承知で誘ったんだ。何をしても助けるさ。」

       そっと陽子の頬についた髪を指で払う。

       「あのね…」

       「ん?」

       「あの光。どんな風に見えるかって聞いたでしょう?」

       「ああ…」

       「海に落ちたとき、あの光が周りにあって…あ、でもそのときは落ちたとは思ってなかったんですけど、

        なんだか、暖かくて、懐かしくて、すごく安心な感じがして…。なんか、こう、上手く言えないけど、

        以前、確かにこんな感じを私は知っているっていうか…。もしかしたら、生まれる前にこんな感じの所

        に居たんじゃないかって…。」

       「ほう?」

       「生まれる前の記憶なんて無いけど、でもそんな気がして。もっと見ていたくて。苦しくてそれどころ

        じゃなかったけど…。残念だな、もう少し見たかったな。」

       「そうか…。俺も、実のところそんな気がしてな。

        あれを見ているとほっとするというか、安心というか。まあ、気に入ってもらえて良かった。

        海で辛い思いをしただけというのでは俺の立つ瀬がないからな。」

       「あ…あれは、事故です。尚隆のせいじゃないですから。」

       尚隆は笑顔をみせると、陽子の頭をポンポンとなでて立ち上がった。

       「そろそろ戻ろう。ずぶ濡れで風邪をひくといかんからな。」

       尚隆が離れたことでヒンヤリとした夜風を感じた。

       クシュンとくしゃみが出る。

       「陽子。あれをじっくり見たかったら、泳ぎを覚えるか?良ければ教えてやるが。」

       「本当ですか?」

       「まあ、近いうちに、な。」

       「約束ですよ?泳げるようになったら、またここへ連れてきて下さいね。」

       「ああ。きっとな。」

       島影を抜けると遠く浜に焚かれたかがり火が見えた。

       (海の水は胎児の周りの羊水に似ていると言うけれど…)

       (此処には、私の髪がどんなに赤くなっても気にする人は居ない…)

       それが、陽子には少し寂しくて、遠くのかがり火が少しだけにじんで見えた。

 

 

       後日、約束通り静かな海で泳ぎを教わることとなった陽子だが。

       蓬莱から色鮮やかな水着が調達されていて、喜んだのもつかの間。

       たった一人でそれを着るのはとても恥ずかしいことに思い至り、頭を抱えたとか…。

       「ほぉ。蓬莱の女はこれを身につけて人前に出るのか…大胆だな…。」

       「なー、白もいいけど、こっちのオレンジ色も陽子に似合うと思わね〜?」

       「陽子ならなんでも似合うさ。」

       「あー、ま、そうだけどさ〜。楽しみだなー。」

 

       

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                        大変ながらくお待たせをいたしました。

                             12345キリリク。nami様から「雨のち晴れ」でした。

                             雨降らしただけでしたが…。スイマセン、ビミョ〜な物で。(平伏)

                        夏も間近ということで、海がらみのネタで書いてみたかったのです。

                             海と雷雨はモデル(?)がいますが、海華祭りはフィクションです。実在しませんので、

                             念のため。尚→陽ということで、精一杯頑張ってみました。

                             お気に召して頂ければ幸いですv