秘密

 

         「朱衡、昨日は随分と熱心に花を選んでいたそうだが。意中の君と逢ったにしては随分と出仕が早いな。」

         朝議に向かう回廊で待ちかまえている朱衡に話しかけた尚隆はニヤリと笑う。

         「珍しくも、振られたか?」

         「…さて?…」

         朱衡は口元に笑みを浮かべただけで、さっさと歩き出す。

         内殿へ入る前にふと目を上げる。

         そこにはこんもりと繁る木立が続く。

         先程まで自分が居た場所へと続く道筋が見える。

         

 

         何年前の事だったろうか。

         いつもの登庁途中の朱衡は足を止めた。

         夜明け前の薄闇の木立の中を、ヒラリと衣がひるがえる。

         「あの方角にあるのは…」

         内殿奥、木々に囲まれた静かな聖域。

         そっとその道をたどる。

         整備された、季節の花の絶えないその道は。

         しかし、年一回の祭祀以外は訪れる者も殆どない。

         すぐに視界が開ける。その奥に石碑がある。

         慰霊塔。

         過去、あまたの戦いで命を落とした兵士達がここに祀ってある。

         その前に額ずき一心に祈る姿があった。

         隣国の胎果の女王。

         今の蓬莱は身分の差などない、平等と平和の国だと聞いた。

         そんな国に育った娘が、身を守るすべも知らず妖魔に襲われながら放浪した。

         「妖魔と渡り合っていた。見事な太刀筋でな。賓満を付けていたとはいえ場数を踏んでいなければ

          あの動きはできない。」

         出会い。主上はたぶん一目で惹かれていたに違いない。

         妖魔を斬ることにためらいを棄てた娘は、それが人であってもその動きが変わることはなかったと聞く。

         だが、動きは変わらなくても、心がそうであったとはいえない。

         偽王との戦いから帰還した彼女の顔色がそれを物語っていた。

         「私のために血が流れるのなら、せめて逃げずに受け止めたい。」

         痛みも哀しみもすべて受け入れてしまう、その深さ。

         主上と似ていると思う。

         500年仕えてきてやっとわかったことがある。

         ちゃらんぽらんに見える延だが、しかし些末な事がらは官吏で処理しろとし向けているように思えてならない。

         最近は国の大元に関わる事柄以外は、好きなようにやっていろと言われているような気さえする。

         その結果に何が起ころうとそれは「俺の首一つで済むこと」だと…

         この女王も、いざとなれば自分の首を差し出すことに何のためらいも見せないだろう。

         だから、そんなことにならないように周りの者は必死で彼女を守ろうとする。

         同じ痛み、深い孤独を持つ者が、惹かれあっていく。

         王同士の恋。

         天には禁じられていないが、前例もない。

         孤独に苛まれていく延を見てきた。

         見ていることしかできなかった。

         だから、喜ぶべきと言うのだろうか。

         彼女が立ち上がり振り向く。

         木立の前で礼をとる朱衡に気がつきニッコリと笑う。

         「お早うございます、朱衡さん。随分と早いんですね。」

         「陽子様ほどではありません。この場所をよくご存じでしたね。」

         「あの偽王の乱のあと、兵士達が合祀されると聞いてせめて冥福を祈りたくて。

          慶を良い国にすることが彼らへの手向けだとは思うのですが…自戒の意味も込めて…」

         「では、今日が初めてではないのですか。」

         驚いたように言う朱衡に陽子は苦笑している。

         「あの乱の後、玄英宮を発つときに来たのが初めです。それからは、ここに来るたびに一度は…」

         この方はこんな所まで主上に似ていらっしゃる。

         供も連れず、こんな時間に外殿へ出るなど。

         「もう少し明るくなってから、いらっしゃればよろしかろうと思いますが。」

         「人目がありますから…」

         確かにこの方が外殿をウロウロしていれば人目に立つ。

         公式にいらしているわけではないから、余り表立った行動は慎まなければならないのだろう。

         とはいえ

         「少々危のうございましょう?主上がお知りになったら…」

         言わずもがなのことを言ってしまう。

         「ありがとう、心配してくれて。」

         にっこりと笑顔で返され、朱衡は面食らう。

         「それと…尚隆には秘密にして下さいね。」

         「…しかし…」

         すっと歩き始めた陽子の少し後ろを行きながらどうしたものかと考える。

         「では、せめて私が供をしますのをお許し下さい。」

         立ち止まった背中から静かな声が言う。

         「この国では、自国の兵士の冥福を祈るのに他国の王の許しがいるのか?」

         一瞬だが紛れもない王の覇気にのまれ、返事はできなかった。

       

 

         「朱衡、重症だな。そんなに惚れた女なのか?」

         内殿の入り口でからかう尚隆に笑顔で答える。

         「…秘密です。そんなことより、昨日の書類に目を通して頂けたのでしょうね?

          さっさと政務を片づけないと、陽子様がお待ちですが(ニッコリ)」

         「う……言われるまでもないぞ…」

         すごすごと玉座にむかう延を見やり苦笑する。

         「愛されていますねぇ。」

         500年後宮が空いていたのは延の持つ孤独を理解できる女がいなかったからだ。

         延を愛した女がいなかったわけじゃない。

         ただ、延が受け入れなかっただけで。

         そう、彼女にも同じように彼女を愛する男達がいる。

         ただ彼女が手を伸ばさないだけで。

         窓越しに明るくなった空を見上げる。

         朝日が差してくる。

         慰霊塔にも。

         その前に手向けた花にも。

 

                      

                            

                            「雪中君子」六花様v 1000HITありがとうございます。

                            尚隆+陽子+朱衡 こんな感じで出来ましたが……。

                            尚隆が出てこない!というか殆ど朱衡さん……(滅

                            ラブを目指していたのになにやら暗い話に。(なぜだあぁ!)

                            こんなんでお許しいただけますでしょうか(平伏)

                            せめて背景だけでも…ということでちぃさんに固定してもらいました。