暑いときには

 

       「う〜〜、あっつっ〜〜いぃ!!」

       「何をおっしゃいます。主上。」

       「だって、暑いものは暑いんだ!」

       夏も盛り、風通しの良い金波宮の執務室でも熱気でめまいがしそうだった。

       「なんで、景麒はそんなに涼しい顔してるんだ?汗ひとつかかないで。」

       「気持ちの持ちようです。主上がなぜそんなに暑がられるのか、そちらの方が私には

        不思議です。」

       「気持ちの持ちよう〜〜!そんなんで汗が止まれば苦労はないぞ…。」

       確かに陽子は頬も紅潮し額には汗が噴き出している。

       「署名しようとすると汗がたれてくるんだ。それなのに腕まくりひとつ出来ないんだから…。」

       ぶつぶつとこぼす陽子に冢宰がとりなす。

       「しかし、南の国ではもっと暑いはず。皆さんどのようにお過ごしなのでしょうか。」

       「そうだな…奏とか、漣とか。何か特別に暑さの対策があるのかもしれないな。」

       う〜ん、となにやら考え出した陽子に景麒は不安を覚えた。

       (こういう状態になると確かめずにいられないタチなのだ、この主上は。)

       「景麒v」

       ニッコリと笑顔で呼ばれ、嫌な予感がする。

       「ちょっと、つきあえ。」

       「なんです?」

       「確かめに行く!」

       (ああ、やっぱり…)

       思わずため息が漏れる。

       「政務はどうなさるんです。」

       「ん〜、言い出したのは浩瀚だから、あとよろしくね。早く戻れるように最速の乗り物で行くし?」

       「仰せのままに。主上、台輔、お気を付けて。」

       アッサリと受諾した浩瀚にも驚いたが、

       (さ、最速のノリモノ…って…)

       思わずまじまじと台輔を見やる女史。

       「さ、行くよ、景麒。さっさとしないと遅くなる。」

       「主上、まさか、私に騎獣の真似事をしろとおっしゃるのではないでしょうね。」

       「いいじゃないか、速いんだから。政務が気になるんだったら速く行って帰ってくればいいんだろう?」

       「しかし…」

       「いいから、早くしろ。勅命だ!」

       「………」

       逆らえない麒麟にまたがりさっそうと飛び出した陽子。

       その姿を執務室の窓からとらえてため息をつく女史。

       「本当に行ってしまいましたわ…これで良かったのでしょうか…。」

       「大丈夫でしょう。台輔もご一緒ですし。お帰りを待ちながら政務でもいたしましょう。」

       にっこりと余裕の笑みを見せる冢宰になにやら薄ら寒い思いをした祥瓊 。

       (陽子早く帰ってきて!此処も充分寒いから…)

 

       まずは一番近い玄英宮へやって来た二人だが、どうも表の様子が騒がしい。

       回廊を巡っていくと雲海に面した庭園に出る。

       耳慣れない優雅な音楽が流れている、と景麒は思ったが、陽子の方は違ったらしい。

       「ハワイアン?……」

       庭園におりて雲海へ向かう。

       水しぶきと嬌声が聞こえてくる。

       「いくぞ〜〜」

       六太の声。暫くして飛び込んだらしいドボンという音が響く。

       「椰子の木まで植えて…。」

       植え込みの間を通る。

       「しゅじょ〜、早く泳ぎましょう〜〜v」

       「はやく、はやくぅ〜」

       甘ったるい女の声が聞こえてきた。

       なにやら陽子は面白くない。早足で砂浜に出る。

       そこは、

       椰子の木に囲まれ、ビーチパラソルの花が咲き、ハンモックが揺れ、テーブルには

       トロピカルなジュースや果物。

       カラフルなビキニ等を身につけた美女達。

       ハワイアンの音楽が流れ…

       ご丁寧に岩場を利用してウォータースライダーらしきモノまで造ってある。

       めざとく陽子を見つけた六太は大きなアヒルの浮き輪を持っていた。

       「あ〜、陽子〜。良いところに。一緒に泳ご〜〜」

       その声に、水着の美女に囲まれて、ちょうど派手なアロハシャツを脱ぎかけていた

       尚隆がギクリと振り向いた。

       「あ……や、やあ、陽子。突然どうしたんだ。珍しいな景麒も。」

       「延王…」

       「…はい?(なんか怖いぞ陽子…)」

       「此処は、ハワイですか…」

       「おお、なかなかいいだろう?結構苦労したぞ。椰子がなかなか根付かなくてな。」

       「…なぜ、このような…。」

       女達の方をなるべく見ないようにして景麒が言うと

       「暑さしのぎだ。楽しいぞ、どうだ一緒に、およ…」

       「「けっこうです!」」

       「おい…」

       「え〜、帰っちゃうの?じゃあまた今度な〜〜。」

       手を振る六太を振り向きもせず、さっさと玄英宮を後にする陽子たち。

       後ろ姿を見送り、尚隆はまんざらでもなさそうな顔をして頬をかいた。

       (…嫉妬か?…陽子も可愛いとこがあるじゃないかv…)

 

               「よ〜し、次は…戴に行こう!」

       「主上、戴は北の国。夏でも涼しいと聞きます。余り参考になるとは思えませんが。」

       「いいじゃないか、ついでだし?お前も久しぶりに泰麒に会いたいだろう?」

       「それは…そうですが…(ついでで行ける距離ではありません…)」

       景麒のため息は無視され、北の国へ向かうことになった。

       だが。

       戴の首都、鴻基に近づけば近づくほど涼しくなってくる。

       白圭宮に足を踏み入れたときは、もう、涼しいと言うより肌寒い。

       北国とはいえ夏の盛りに、これはまたどうしたことだろう。

       「これはこれは、景王君、景台輔。良くおいで下さいました。」

       出迎えた戴王驍宗は厚い上着を着込んでいた。

       「所用あって近くを通ったのでご挨拶に参った次第です。お気づかい無きようお願いします。」

       「それにしても、北国の夏は涼しいと伺ってはおりましたが、これほどとは。驚きました。」

       陽子の言葉に驍宗は眉をしかめ、そっと小声になった。

       「仰せの通り…ですが、この寒さは白圭宮だけなのです。」

       「王宮だけなんですか?」

       つられて陽子も小声になる。

       驍宗は重々しく頷き、

       「雲の下ではいつも通り、慶国よりは涼しいかもしれませんが、これほどの寒気はありません。」

       「では、なぜ…」

       (泰台輔、のお出ましです)

       陽子の問いは先触れに遮られた。

       「失礼します。」

       落ち着いた声と共に、見覚えのある黒髪の泰麒がやって来た。

       「遅くなりました。中島さん、景台輔。お久しぶりです。」

       ニッコリと笑顔を見せる。

       が、なにやら冷気がひどくなったようで陽子も景麒も挨拶に集中できない。

       「お元気そうでなによりです。戴も随分と復興した様子。泰台輔のご努力のたまものでしょう。」

       (景麒にしては珍しく流麗に話すじゃないか、いつもこうなら良いのに…)

       と、陽子が思うまもなく、

       「そうでしょうか…」

       と悲しそうに泰麒がつぶやいた。

       「僕がふがいないばっかりに、この国の復興が遅れているのではないかと…」

       と、泰麒の背後から冷たい風が凄い勢いで吹き出した。

       「うぁ…」

       「ひゃっ…」

       「こ、蒿里…そんなことはない!戴を救ったのはお前だから。お前のおかげで国は栄えている。」

       と、烈風がピタリと止んだ。

       「それは、本当でしょうか、驍宗様。」

       泰麒の目が潤んでいる。少女マンガだったら背後に花を背負っているだろう…

       「勿論だ。私も含めて皆、感謝している。」

       ホッとしたように笑顔をみせる泰麒。

       「中島さん、景台輔。残念ですがまだ政務が残っていますので、これで失礼します。」

       礼をとり、そっと退室する泰麒。

       完全に姿が見えなくなると、居合わせた三人はホッと息をついた。

       「この寒さは、やはり泰麒が…」

       陽子がおそるおそる尋ねると、こくりと驍宗が頷く。

       「ご存じのように色々ありましたから…どうも情緒が不安定な様子でして。

        ああして負の感情が出ると、極寒の気が吹き荒れまして…。

        これでも大分落ち着いたのですが…。」

       「た、大変ですね…あ…と、お忙しいところ、長居をしてしまいました。こちらも

        先を急ぎますのでこれで失礼します。」

       早々に白圭宮を後にする。

       「いや〜〜。凄かったなぁ…凍死するかと思った…う〜ん…」

       なにやら考えている陽子に

       「泰麒を金波宮に招こうなんて、お考えではないでしょうね?」

       「何でわかるんだ!」

       図星をさされて焦る陽子にため息でかえす。

       「おやめください…死者がでます…」

 

       恭の霜楓宮では、随分と待たされた。

       気候は慶よりしのぎやすい。

       やっとやって来たのは、供麒だった。

       「大変にお待たせして申し訳ありません。それで、ご用の向きは…」

       「いいえ、突然お訪ねしたこちらに非があります。お気づかい無く。」

       (景麒のヤツ、外面はいいんだよな…うちでもこうなら良いのに…)

       そんなことを考えてちょっとボーっとしていたら

       「すみません。やはり主上でないと用に足らないでしょうか…」

       供麒にしょんぼりされてしまった。

       「あ、すいません。ちょっとぼーっとしてて。あの、実は…」

       慌てて訳を話す。

       「夏の暑さ対策ですか…ご参考になるかどうか解りませんが…」

       「ぜひ、教えてください。」

       「実は、今、主上はお昼寝中なのです。」

       「はあ…」

       「もう随分と永い治世になりましたが、主上は登極したときのままの子供のお姿です。

        当然体力も(仙とはいえ)あまりございません。夏場は特に、朝議のあとはお疲れのご様子です。

        そこで、朝議が終わったら水浴びをなさり、そのあとは午睡を取られるようにしています。

        夏場は午後の政務を極力減らし、ゆっくりと過ごして頂けるようにしています。」

       にこにこと語る供麒。

       「午後の政務を減らして…ゆっくりと過ごす…いいな〜」

       ヨダレが出そうな陽子を冷ややかに景麒は見る。

       「しかし、そのようなことでは、政務が滞りませんか?」

       ニッコリと供麒が微笑む。

       「治世百年を超えた今、恭は主上のお力で特に目立った問題がありません。

        ですから、この夏の間だけ若干政務を減らしてもさしつかえないのです。」

       「なるほど。いや、貴重なお話ありがとうございました。」

       礼をとり霜楓宮を出る。

       「主上、生憎ですがこちらのやり方は慶では無理なようですね。」

       「え〜。いいじゃないか、ちょこっとだけ政務を減らしても。」

       「落ち着いた恭ならばともかく、慶は問題が山積みです!のんびりしている暇などありません。」

       「景麒のケチ〜」

 

       範国を通り過ぎる。

       「景麒、寄っていかないのか?」

       「供台輔に伺ったのですが、なんでも氾主従は毎年この時期は避暑にお出かけになるとか。」

       「避暑?…ハイソだな…うらやましい…同じ王様業なのにえらい違いだ…。」

       「主上の治世が三百年もたてば、避暑でもどこでもお供しますが?」

       クスリと景麒が笑ったようだ。(獣形なのでよくはわからないが)

       笑いを含ませて陽子も返す。

       「ふん。言ってくれるじゃないか。ったく、今に見てろよ…。」

       

       漣極国はさすがに暑い。

       「蒸し焼きになりそうだ…」

       「ここなら、何か良い方法が見つかるかもしれませんね。」

       雨潦宮は人すくなで閑散としている。

       以前泰麒がこちらに来たときの話を聞いていたので、気にせず中に入る。

       案内を乞うとやはり後宮まで通されてしまう。

       「泰麒の話、本当だったな…」

       陽子は物珍しそうに周りを見ているが、お堅い景麒は居心地が悪そうだ。

       宮廷の中庭に畑が出来ている。

       奥まった先には果樹園もあるようだ。

              

       「きゃっ!ああ、主上おやめください…」

       突然の女の声にぎょっとして足を止める。

       (もしかして、ものすごく間の悪いときに来てしまったのでは…)

       二人顔を見合わせたとき

       「いけません、主上…お願いですから…」

       (オイオイ…どうしようか…)

       「殺さないでくださいまし!」

       (…はい?)

       慌てて二人が駆けつけると、

       懇願する廉麟と渋い顔をした廉王がいた。

       「だめですよ、廉麟。この虫は毒があって危険です。この間のように刺されたら大変ですからね。」

       「でも、主上…」

       なおもとりなそうとする廉麟に、廉王は微笑む。

       「やさしいんですね、廉麟は。でも、この間のように、あんな痛々しく腫れてしまった廉麟を

        見てるくらいなら、嫌われてもいいからこの毒虫を何とかしますよ?

        見ない方が良いでしょうから、下がってなさい。」

       (…虫かい!)

       おもわず心の中で突っ込みを入れる二人。

       「ああ、主上…//」

       少し下がって見ないように顔を手で覆った廉麟の頬が赤く染まっている。

       (これは…かなり…バカップル?)

       声を掛けるタイミングを逃してしまい、いっそ帰ろうかと思う二人。

       首尾良く害虫を駆除した廉王が振り向き、陽子達に気付いた。

       「おやぁ、ひょっとして景王君ではないでしょうか。景台輔も。」

       「あら、…まあ、驚きました。いったい何時からそこに?お声を掛けてくだされば良かったのに。」

       (あんたらのせいで、声掛けそびれたんですが…)

       とは言えず。

       「い、いや、今来たばかりで…はは。(そういうことに、しとこう)」

       「お久しぶりです。泰麒捜索以来ですね。」

       廉麟がニッコリと笑顔を見せる。

       「あの時は、お世話になりました。泰麒が見つかってすぐにお発ちになったので

        お疲れになったでしょう。満足に御礼も言えないままで。」

       陽子が軽く頭を下げる。

       彼女のおかげで泰麒は戻って来られたようなものだと、陽子はそう思っている。

       「ここでは、暑いでしょう?良ければ日陰へ参りましょう。」

       世卓が言い、四阿へ移動する。

       「…暑さをしのぐ方法…ですか…」

       廉主従は顔を見合わせる。

       「う〜ん…私たちはもうこんなモノだと思っていて慣れてしまっていますからね。

        まあ、夏は暑くないと作物の実りが悪くなるし暑い分には良いと…。

        ああ、夏野菜は体を冷やしてくれるそうですよ?あとは、特別何かしているというわけでは

        無いと思うんですが…。廉麟は他所の国にも行っていますから、他所と此処との違うところが

        解るでしょうか。」

       「そうですね…。どちらかというと此処の王宮は開けっ放しで風通しは良いかもしれません。

        それと、他と違って、皆暑いときはより涼しいところを求めて居場所を移動することでしょうか?

        今時分だと王宮の奥が風も通って一番涼しいと、官達が集まって一休みしているのでは。」

       (それで、人すくなに見えるのか…)

       思わず納得しそうになる。

       「あの、それで官達が所定の場所にいなくては、政務が出来ないのではないですか?」

       おずおずと景麒が尋ねる。

       廉王は破顔して肯いた。

       「そうです。朝議のあとは夕方まで政務になりません。

        ですが、民もその時間は一休みしていますから、これといった問題も起きません。

        急を要するものは、夜に政務を行いますが、滅多にないことですね。」

       (いったい、いつ仕事をするんだ…夕方から夜にかけて?随分少ないな。)

       陽子の内心を読んだように廉王が続けた。

       「この国は冬でも作物がとれて、よほどのことがない限り食べることに困ることはありません。

        着るモノも、住まいも、暖かいのでそれほどこだわるものもないのです。

        飢えや寒さがあれば蓄えるという考えも根付くのですが、その時その時に満足出来る状況

        ですから、それ以上を求めるということが少ないのです。

        国の発展等ということを考えると向上心に乏しいとも言えるでしょう。

        ですが、暑い昼間に細かい政務をしていると、いらいらしてかえって紛糾してしまうのです。

        国民性というのかもしれません。

        何か問題があったらその時は話し合いましょう…ぐらいで調度良いようです、この国は。」

       (国民性の違いかぁ…どうにかなるモンじゃないな…)

       「あの…失礼ですが、景王はいつもその様なお召し物なのですか?」

       廉麟が遠慮がちに聞いてくる。

       黒の官服。確かに大概こんな感じだが…

       肯くと

       「それではとてもお暑いでしょう。さしでがましいかもしれませんが、せめてお召し物をもう少し

        軽いモノにお換えになってはいかがでしょうか。よろしければコチラのものを御用意いたしますわ。」

       ニッコリと言われる。

       「こちらの服ですか…」

       思わず廉麟を見る。

       豪奢な刺繍の施された布で作られた長めのチューブトップ。同じく軽やかな生地に細やかな刺繍の

       長めのパレオ。肩もへそもおもいっきり出ている。長く伸びた手足にはブレスレットとバングルが

       光る。いかにも南国風のいでたちが廉麟の丸みのある体に良くあって美しい。

       (や、あれを着るのは…ちょっと…どうだろう…)

       ときには少年と間違えられるほど丸みのない体の貧相な部分が強調されそうだ…

       「ありがとうございます。ですが、この服に慣れていますのでお気遣いなく。」

       内心の焦りを隠しつつ笑顔で答える。

       「まあ、きっとお可愛らしいと思いますのに残念ですわ。それにとても涼しいのですけど。」

       (涼しいのは魅力だけどなぁ…へそ出しはなぁ…)

       「せっかくのお申し出ですが…あ、もうこんな時間に…景麒、お暇しよう。」

       慌てたように王宮を後にする二人。

       それを見送った廉王は、傍らの廉麟の肩を抱いて囁いた。

       「ひょっとして、廉麟がとても似合っているから景王は気後れなさったのかも…」

       「ま、主上vでもきっとお似合いでしたわ…」

       いかにも残念そうに言う廉麟にニッコリと笑いかける。

       「なら、送ってさし上げればいい。お気に召さないようすではなかったから、お一人の時に

        着て頂けるかもしれない。」

       「素敵ですわ。ぜひそういたしましょう。」

       思わぬ贈り物が届くとも知らず、漣の上空で陽子はため息をついていた。

       「なかなか良い方法が見つからないなぁ。」

       「漣の服をお召しになってみれば良かったのでは。」

       「…景麒、お前、腕まくりでも文句言うくせに…もういい、奏へ行くぞ。」

 

       奏では文姫が出迎えてくれた。

       恭から鸞が来たのだと言う。

       「多分もうじきうちへいらっしゃると思って。」

       ニッコリと笑顔で言う。

       「生憎、利広兄様はいないけど。櫨家の夏の暑さを忘れる方法をお知りになりたいんでしょう?

        だったら、ゆっくりしていって下さいね。」

       「…?…お世話になります…」

       手回しの良さに驚くが、かといってそんなにのんびりとはしていられない。

       陽子もそれは解っていた。もう随分長いこと金波宮を留守にしている。

       が、しかし大国奏の一端を担う公主はゆっくりと後宮に案内していく。

       典章殿で一家のもてなしを受ける。

       清漢宮は慶よりずっと南に位置しているから、当然気温も高い。

       だが、これといって暑さを抑えているようなことは見あたらない。

       皆、吹き出る汗を拭きながら歓談している。

       先新がにこにこと話しかける。

       「時に、景台輔。慶のケイ気は大分良くなったそうですね。」

       「…はい…」

       「良いことですね。うちなどはもう頭打ちでして、ソウソウケイ気が伸びません。」

       「……(これって、もしかして?)…」

       「ああ、ところで、かあさんや。この間の書類日付が抜けてましたね。

        ちゃんとメイキしといてくださいよ。昭彰そのお菓子をもうショウショウいただきまショウ。」

       (間違いない…寒っ)

       文姫を見るとくすりと笑って腕をみせる。

       鳥肌が立っている。

       「すごく寒いダジャレでしょ。おかげで鳥肌立っちゃう…父様ったら夏中この調子なのよ。」

       小声でそう告げる。

       (確かに寒い。寒すぎる…)

       (まさか、これが…)

       「おかげで、利広兄様は何処かへ行ってしまうし。暑いのは忘れるけど脱力して仕事にならないの。」

       「利広には困ったモンです。そのブン、文姫にはフンキしてもらわなくては!」

       (…どうしよう…笑うべきなんだろうか…)

       腕の鳥肌を押さえつつ陽子が迷っていると、隣の景麒がカタリと立ち上がった。

       「先新殿。お話し中ではありますが、どうも先程から体調が思わしくありません。

        急ぎ帰国致しますのでどうか、ご無礼をお許し下さい。」

       確かに、顔色が悪い。

       「景麒、大丈夫か?急いで帰ろう。では、申し訳ありませんがそういうことで失礼します。」

       「おや、それはいけません。帰られますか。景麒殿、ケイまでキをつけて。」

       清漢宮を出て景麒が大きくため息をついた。

       「大丈夫か景麒。使令に乗っていくか?」

       「大丈夫です。それより主上は何ともなかったのですか。」

       「え?」

       「私は体中、悪寒が走りました…あれ以上は耐えられません。」

       「…ぷっ、くく…確かにな。ま、とりあえずさっさと帰ろう。みんな待ってるだろうし。」

       「政務が山積みでしょう…」

       「…お前なぁ……とにかく帰るか…」

 

       無事に金波宮に帰還した主従を皆喜んで迎えた。

       「あぁ〜、やっぱり家が一番落ち着くな。」

       「お帰りなさいませ、主上。」

       「浩瀚も祥瓊 もみんなも留守を守ってくれてありがとう。留守中、何か変わったことはなかった?」

       「特にこれと言っては何も…ああ、漣国から何か贈り物が届いておりました。」

       「廉台輔からですわ。」

       「…(なんか、やな予感)」

       「こちらです。これは、漣の…。お礼状を書かなければいけませんね。」

       廉麟が着ていた物より数段豪華に作られた服を前にして、陽子はため息をついた。

       「まあ、とても綺麗。それに涼しそう。良かったわね、陽子。早速お召し替えを。」

       祥瓊に笑顔で服を差し出され、陽子は慌てる。

       「や、いいって、ほんと。廉麟にもお断りしたんだから。(祥瓊 、怖いんですけど)」

       「でも、暑いんでしょう?他の国に聞きに行くぐらい。」

       笑顔で迫る祥瓊についに陽子はおれた。

       「わかった、わかったから。この間作った夏服を着るから!だからへそ出しは勘弁して?」

       実は、陽子の着ている官服は合い着で、夏服は別に作られていたのだが。

       男物ではなく女物であったため陽子が着ようとしなかったというわけで…

       久しぶりに女物の服を着て山のような書類を前に奮闘する陽子。

       その影で、さりげなく親指をクイッと立ててお互いの健闘を称える浩瀚・祥瓊 ・景麒。

       「夏物着てても暑いじゃないか…こうなったら、さっさと終わらせて雁へ泳ぎに行ってやる〜」

       …だが、陽子は知らなかった。

       陽子が各国を回っている間に、雁にはすでに秋風が吹き始めていることを…

       

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜       

            大変長らくお待たせ致しました。

               15000HIT お題は、鏡月様より「十二国の納涼」でした。

               なかなか涼しいお話しになりませんで申し訳ありません。

               しかも、あの寒いダジャレ…お読みになって下さった方々お疲れ様でした。(あ、帰らないでください…)

               この話の根底には、「主上に女物の服を着て貰おう大作戦(笑)」がありまして…(大ウソです)

               こんな駄文を受け付けてくださった鏡月様はとても心の広い方ですv

               これに懲りずに今後ともよろしくお願いします。  みー

 

               鏡月様のところには、素敵なイラスト付きでアップされています。

               ぜひそちらもご覧になってみて下さいv

               アロハな尚隆やへそ出し廉麟に会えますv

               鏡月様のサイト「地球教」は<りんく>から行けます。