朝風

 

 

    気持ちよく目覚める。

    ああ今日もいい天気、朝の涼しい風が気持ちいい。

    「んっ」と両手を伸ばしたところで、気が付く。

    「そうだ、玄英宮だっけ…」

    休暇で来ているのだから朝議はない。

    もう少し朝寝してもいいのだけれど、いつもの習慣で目が覚めてしまった。

    「散歩でもしよっかな」

    まずは着替えて――自分の姿を見て驚く。

    「あれ?」

    ――昨日の服……どうやら、着替えもしないで寝たようだ。

    「そういえば、夕べ、延王が来たんだった。花の香りのお酒を飲んで……えーと……?」

    「……おぼえてない……」

    ――思い出せない

    嫌な汗が出てくる。

    いったい、あの後、何があったんだろう?

    まさか……変な事……してないよな?……って、変な事ってなに?

    パニックしかけた頭に言い聞かせる。

    「…ううう、……落ち着け、……落ち着くんだ……」

    陽子が臥床からおりた気配に、女官達が着替えの準備を始める。

    着替えながら、狼狽えつつ考える。

    「そうだ。これから先の永い時間を考えて暗くなった私に、

     いつだって山を下りる事は出来ると、延王は教えてくれたんだ。

     でもまだ、私にはやる事があるってわかって。

     また迷ったら、助けてくれるって言って……。」

   

    着替えが終わって、玄英宮の中庭へ出る。

    朝の陽射しが気持ちいいが、夕べの事が気になってそれどころじゃない。

    「どうしよう。延王に聞くのが一番早いけど、何か失礼な事してないだろうか?」

    「なんか、聞くのこわいし……」

    「でも、失礼があったら、すぐお詫びしといた方が良いよな……」

    路亭の周りをウロウロしていて、六太がそばに来ても気付かない陽子は

    急に声をかけられて飛び上がった。

    「おはよー、陽子」

    「わあ! あ、お早う六太君。あれ、朝議は?」

    「エヘヘ、尚隆が出ているから、俺はお休みv」

    「座ればいいのに。さっきから見てると、陽子すごく変…」

    朝議の内容が六太向きではないのだろうか?

    それとも、ずる休み?

    後者かもと思った陽子は、うちでは考えられないなと思う。

    

    路亭の席に座った六太は、お菓子を取り出して陽子に半分渡した。

    「なぁ、陽子。」

    「はい?」

    「昨日、尚隆となんかあった?」

    「えっ?」

    思わずお菓子にむせそうになる。

    「何かって……?!……なに?」

    「いや……。昨日尚隆が、遅い時間に酒を持って陽子の所へ行くのを見たからさ……。

     なんか、尚隆が悪さしなかったかな――と思って。

     なんか、困ってない?」

    「あ、あのね、六太君。……実は……」

    「え?記憶がない?……って陽子……」

    上目遣いに六太を見ながら、陽子は小さくなってボソボソと話す。

    「え……と、それでね、、延王が慰めてくれて……それで元気でたんだけど、――」

    突然、よみがえる記憶。

    ――ああ、延王の腕の中で暖かくて気持ちよかったっけ。

    ――それで、声聞いているうちに、なんか眠くなって……って!

    ――私、寝ちゃったのか?

    ――それも、延王の、う……腕の中で?

    ――それって、延王に、だ……抱きしめ……うあああ!

    陽子は頭を抱えた。頭の中は真っ白になる。

    ――いくら酔ってたからって……って、いうことは、臥床に運んで貰ったのか?

    ――お、重かったんじゃあ……う……どうしよう……

    「…………………」

    押し黙ったまま、赤くなったり青くなったり、頭を抱えて固まってしまった陽子を見て

    六太はそっとため息をついた。

    「どうやら、無事だったらしいな。後朝(きぬぎぬ)にしちゃあ、いろけねーし。」

    「えっっっ!なんか言った?」

    ブンブンと首を横に振って六太は、用事を思い出したと走り去ってしまった。     

    

    陽子はガックリと項垂れた。

    「なんか、すごく疲れたかも………」

    「延王が来たら、お礼とお詫び、いわなくちゃな……。」

    日が中天に届くまでには、まだ間がある。

    朝議が終わるまでもうしばらくかかりそうだった。