まぶしい キミ

 

 

        (3)

    

    自国の王はともかく隣国の女王の来訪に秋官達は狼狽えたが、さすがに牢獄に

    案内するわけにもいかず官庁の一室に囚人を連れてきた。

    彼らは目の前に悠々と座っている延王を見て叫んだ。

    「貴様!今此処に刀さえあったらただではすまさん。」

    尚隆は片眉を上げただけで黙っている。

    「くそっ、こんな所にまで女連れとはいいご身分なこった。」

    「こんな女の衣装代だけでどんだけの者が救われるのか、考えてもみないのか!

     ほ…ほんの少しでも金がありゃあ……」

    「そ、そうだ!そうすりゃみんな、死なずにすんだんだ。」

    怒りが悲しみに変わったのか、男達の声は悲鳴に近い。

    「お前らにひもじさがわかってたまるか。泥水をすすり、人に施しを受ける惨めさが

     どんなものか、お前らにわかるかぁ!」

    しばらくすすり泣きが続いた。

    顔色一つ変えず、尚隆は言った。

    「言いたい事は、それだけか。」

    「なに!…」

    男達がどよめく。

    「泣き言は聞いた。他に言いたい事はないのか。」

    たたみ掛けるように問う、その声に感情はない。

    尚隆はチラリと陽子を見たが、陽子もまた、正面から男達を見据えたまま

    表情に変化はない。

    「この中で一番腕の立つやつは誰だ?」

    尚隆の問いかけに、一人の男に視線が集まる。

    なかなか体格のいい男だ。

    「剣を。陽子少し下がっていろ。」

    本来なら止めるべき立場の官吏は、良くある事のようにさっさと尚隆に剣を渡し

    その囚人の戒めを解いた。

    男にも剣が渡されたところで、尚隆が言った。

    「来い、相手になってやる。」

    あっけにとられていた男は、我に返ったように尚隆と陽子を見、仲間を見た。

    次には、剣を振りかぶり、尚隆に向かっていった。

    勝負は一瞬でついてしまった。

    尚隆の剣の一振りで、男は持っていた剣をはじかれ取り落とした。

    次の瞬間には尚隆の剣が男の首にとまっていた。

    「…く、くそっ…」

    あまりの腕の違いに男はへたり込んだ。

    「他に俺の相手をする者はいるか?」

    十二国一とも言われる剣の腕を目の前で見た男達は、もはや沈黙するしかなかった。

    「さてと、次に、こんな所にも女を連れてきたと言われたな。」

    尚隆は陽子を見る。

    「言っておくが、此処に来ると言ったのは陽子の方だ。お前達に会いたいと言ってな。

     あいにくだが、連れてこられたのは俺の方だ。」

    男達はむっつりと黙り込んだ。

    「それと、陽子が着飾っているのは、うちの女官の趣味でな。

     陽子は動きにくい服を嫌っているからな。

     うちの女官の楽しみを大事にして、動きにくさを我慢している陽子に俺は感謝している。」

    陽子がクスリと笑う。

    「もう一つ誤解があるようなので言っておく。

     陽子は今のところ俺の愛妾じゃないからな。

     時折この雁に来て此処のやり方を学んでいく、勤勉な隣国の王だ。」

    今のところ…という言い方が少々気になったが、とりあえず無視して陽子は前へ出る。

    「慶東国の王、中嶋陽子だ。」

    男達は目を見張り驚きとも溜息ともつかぬ声が漏れる。

    巧の国が沈んだのは、前塙王が慶国とその新景王になにがしかの悪行を

    働いたからという話は、今や巧国の民の知るところで。

    慶国に今更助けを乞うても良いのだろうかと、民は誰しもそう思った。

    だからこそ、隣国慶を通り越してまで雁に荒民が流れた。

    自分たちの狙った相手が、知らずとはいえ、またもや景王だったとは…

    一人の男が、床に頭を着ける。

    「お……お詫びを……」

    皆がそれに倣った。

    平伏した男達の上から、低いが良く通る声が静かに話し出す。

    「私は、海客で、巧に流れ着いた。何も解らないまま妖魔に追われ、人に追われ

     山の中を逃げ回った。人を疑い、泥水の中で力尽き動けなくなった。ひもじさも惨めさも

     少しは知っているつもりだ。」

    「でも、そんな私を救ってくれたのも巧の民だ。人を信じる心を取り戻せたのも。

     今私が玉座に居られるのは、あの事があったからだと言っても良い。

     それまでの私は、人とまともに向き合う事も出来なかったのだから。」

    「だから、私は巧の民に感謝している。

     巧の民の助けになりたいが、慶もやっと立ち直ってきたところで、

     残念だがあまり余裕はないのが現状だ。」

    「顔を上げてくれ。私は人に頭を下げられているのは好きじゃない。」

    男達は恐る恐る顔を上げる。

    「今、慶は人が増えてきて耕す土地を広げている。開墾は重労働だ。

     道の整備や水路や水門をきちんと作ろうと考えて、雁へ学びに来たのだが。

     人は増えても開墾するのが精一杯で、他の整備までは手が足りない。

     かなりの重労働だが仕事はある。巧国が落ち着くまで、慶で働いてみないか?」

    「そ…それは、俺たちに仕事をくれるというのか…」

    かすれた声で男が言う。

    「余り良い待遇とは言えない。重労働で、慶はまだ貧しいから賃金も安いと思う。

     食物は…」

    チラと尚隆を見る。

    「こちらの豊かな国で少し負担してくれるだろうから。」

    言われて延王は思わず苦笑する。

    男達は顔を見合わせる。

    「これは私の独断だから、国へ帰って至急に官吏と対策をとろう。

     雁の冬は厳しい。秋には慶に来られるよう配慮しよう。」

    一息入れて、陽子は続ける。

    「一つだけ聞いてくれ。

     慶にも、女を襲う者や盗人もいる。いわれのない中傷もあるかもしれない。

     だが、救いの手もあるのだという事を忘れないで欲しい。

     いざというとき相談できる窓口を置くから、短慮は慎んでくれ。」

    「帰って他の者にも伝えて欲しい。秋まで猶予をくれと。」

    男達の戒めが解かれ、戸口が開けられる。

    信じられない顔で、男達は陽子を見上げる。

    「延台輔は…俺たちの罪は…どうなるんで…」

    「お前達の事情を聞いて、慈悲の麒麟が罪を問えると思うか?」

    いいながら尚隆がため息をつく。

    「手を下した者はすでに使令に襲われている。

     俺や陽子が切られたというなら只ではすまんがな。」

    「気の変わらんうちに行く事だ。」

    男達が頭を下げて出て行く。

    尚隆はそれを横目で見ながら、内心で舌打ちをする。

    (また陽子にしてやられたな。だが、面白そうな試みだ。

     もう少し詳しく知って雁に取り入れてもいいか。)

    正寝に戻りながら陽子と話す。

    「以前、浩瀚と話した事があったんです。

     もし、慶に荒民が来たらどんな対応をするのか考えて。

     これからの事業展開には人手が不足しているのは本当ですし。」

    切れ者と噂の慶国冢宰の顔を思い出した尚隆は、面白くない。

    ふと立ち止まって陽子を振り返る。

    「陽子。今回の貸しを返すのも、俺が斃れた後なのか?」

    「…ああ、その方がいいですか?」

    言われて初めて気がついたという様子で首をかしげる陽子に、

    冗談じゃないとばかりに詰め寄る。

    「ちょっと待て。そう何回も斃れるわけじゃないんだぞ。

     今回の分は、その前に返して貰おうか。」

    ニヤッと笑い、陽子の肩をつかむ。

    「あ、朱衡さん」

    「えっ」

    思わず手を放した尚隆に、

    「そのうち肩たたきでもしますからね。」

    陽子はニッコリと笑顔で答え、仁重殿へ行ってしまった。

    唖然とその姿を見送る尚隆に、朱衡がたたみ掛ける。

    「主上。さ、政務を終わらせてしまいましょう(ニッコリ)」

    (笑顔といっても、コイツのは氷点下だ…)

    明日の休暇を夢見て、尚隆は執務室へ戻っていった。

 

 

    「あれ、陽子」

    顔をしかめた六太が起きあがっている。

    「大丈夫なんですか、起きたりして。」

    「ん、薬飲むのに起きたんだ。にげぇーの。」

    「痛まない?」

    「動くとちょっとな。こうしてればへーき」

    薬湯の盆を見ると、蓋付の小鉢が添えられていた。

    小鉢の中には桃の甘煮が入っている。

    「口直しのようですね。」

    「やった!食べるvv」

    喜色を浮かべた六太を見ながら、“パアアー”と音が出そうだと陽子は思う。

    (やっぱり、可愛い〜)

    小鉢とスプーンを手に取り、

    「はい、アーン」と口元に近づけると

    一瞬何とも言えない顔で陽子を見た六太だったが。

    すぐに目の前に差し出された桃をパクリと口に入れる。

    「おいしー。もっと!」

    口を開けるとクスクス笑って陽子が桃を差し出す。

    桃は甘くて薬の苦さを忘れるのに充分だった。

    満面の笑みを浮かべて桃を食べる六太を見て、陽子もニコニコしている。

    (陽子…。オレが500歳って事、忘れてんだろ。ま、いいけどね…)

    「美味しそうですね。なんだか私も食べたくなったな。」

    「ん、食べれば?」

    そう言いつつ桃を口に入れた六太を見て、

    「残念。それが最後のです。」陽子は笑いながらスプーンを口にくわえる。

    「あ、甘い〜」美味しいと笑う陽子。

    (オイ、それって、…間接……)

    六太が手招きをしたので、

    「え、何ですか。」と、陽子が顔を寄せた。

    すかさず、顔を寄せて六太が口づけした。

    内緒話かと思っていた陽子は一瞬固まっている。

    ふわり、と桃の香りがして口の中に甘い桃の実。

    「おすそわけv」二カッと六太は笑う。

    「美味しかった?」

    口を押さえてうつむいた陽子をのぞきこむ。

    多分、口の中の桃の処置に困っているのだろう。

    「……ろ・く・た・く・ん……」

    耳まで赤くした陽子が低い声で言い、チャリ、と水偶刀を引き寄せる。

    「…あ、…ゴ、ゴメン。オレ、怪我人だしー。陽子が食べたいって言ったから〜」

    「あ〜悪かったってば。……うわっ、ゴメンナサイ!!」

    しばらくの間、仁重殿で六太のあやまる声が続いた……。

    

    

 

 

 

 

                   長々とお疲れ様でした。たいして中身が無い割に長いです。

                       六太君って好きなんですけど、どうも私の中では幼いイメージでCPになりにくいんです。

                       STAR DREAM のお絵描きBBSに書かれた柏野さんの六太をみてイメージが変わりました。

                       大人じゃないけれど、もう子供でもない…(実際500歳ですし)

                       まさに思春期!(笑)

                       と、いうわけでちょっと甘い話に……(爆

                       尚隆が報われないのは私のゆえですv(マテ)