まぶしい キミ

 

       (2)

 

    目が覚めると、目の前に陽子が見えた。

    六太に碧双珠を当てたまま、眠ってしまったらしい。

    長い睫毛が頬に影を落としている。

    (柔らかそうな唇……)

    目の前の陽子を見ながら、六太はボンヤリとそう思った。

    (あの水門の陽子は綺麗だったな……けど、あんな格好じゃ疲れただろうな……)

    (いつもの陽子ならあんな連中軽くかわしていたのに、あれじゃ動けないよな……)

    (いや、そもそも尚隆がいれば……)

    玄英宮で陽子が休暇を取る――事後承諾の形となった官吏達から非難の嵐をあびた尚隆

    だったが、結局、官吏達の条件をのむという事で落ち着いた。

    《陽子が訪れてから五日間は朝議に出て政務をする。その間は外出禁止。》

    という条件。

    意外にも尚隆はまじめに条件を守っている。

    (陽子のため…だよな)

    いきおい六太も尚隆にならいまじめに条件をこなしていたが、今回は四日目に席を外すよう

    に言われた。

    それは、朝議の内容が六太向きではない――争いの種になる事柄を意味している。

    水門の視察は六日目の事で、本当は尚隆がついていくはずだったもの。

    だが、よほど厄介な火種だったのか尚隆は六日目になっても朝議から抜けられなかった。

    代わりに六太が陽子のともをしたのだが……。

    (尚隆なら陽子を庇って相手を倒す事も出来た。)

    (陽子を庇っても俺が血に酔ってたら意味ないよな。)

    (血に酔った俺を見て、陽子はきっと自分を責めているだろうし…)

    (俺じゃ陽子を守れない。)

    そこまで考えてふっと気付く。

    (俺、陽子を守るつもりでいたのか?…なんで………)

    ふう、とため息をつく。

    それが聞こえたのか、陽子が目覚めた。

    「あれ…寝てた?……六太君、気分はどう?…痛む?」

    「大分いい。宝重のお陰だな。うちにも一個欲しいな。」

    こんな時にも明るく笑顔をつくろうとする六太に陽子は胸が痛んだ。

    「ねえ、六太君、庇ってくれてありがとう。それと、怪我させちゃって御免なさい。」

    「お礼はともかく、謝って貰う事はないと思うんだけど。」

    「でも賊は、まっすぐ私を狙った。私が目的だったはず…」

    「いや、それは違うな。」

    声のした方を見ると尚隆が部屋の入り口に来ていた。

    「どうだ?いくらか良いか?」

    「まあね。」

    「彼奴らの狙いは、どうも俺だったらしい。」

    六太の臥床に腰をかけて、刀を取り出す。

    「おい、俺の前でヤメロよ。」

    「なに、まだ使われてはおらん。」

    顔をしかめた六太には構わずスラリと刀を抜く。

    「これは冬器なんだが、かなりのナマクラだ。

     こんな粗悪品は、雁の何処を探してもみつからんだろう。」

    「じゃあ…」

    「おい、陽子。早とちりはいかんぞ。これは多分巧国のものかと言われている。」

    「巧……」

    「そうだ。冬器には呪をほどこすが、若干国によって違いがあるそうだ。

     冬官府に問い合わせれば、すぐにも解るだろう。」

    「…では、あの連中は巧の者?…でも、なぜ……」

    「巧の荒民の多くが、今雁にいる。雁は豊かな国だ。

     此処での荒民の暮らしは辛いだろうな。貧富の差がありすぎる。」

    「そういうことだな、六太。貧しい者は、富める者に恨みを持つ。

     まあ、それで矛先が俺に向かったらしい。」

    「巧国は、王もたたず内乱も治まらず、混乱の極みだ。それについて、雁で

     出来る事はほとんど無い。」

    「私が狙われたのは何故でしょう?」

    尚隆は刀をしまっていた手を止めて、頬を掻いた。

    「いや、…それが…どうも、俺の愛妾と勘違いされたらしい。」

    「…愛妾……」

    陽子は目を見張った。

    「すまんな。」

    いかにもバツが悪そうな尚隆に、六太はため息をつく。

    「じゃあ、俺は勘違いで切られたんだ……」

    貧しい荒民がその怒りを延王にぶつけようとしたが、肝心の王は現れなかった。

    現れたのは台輔と身分の高そうな美しい女。

    周囲の者の態度から王の愛妾だと思い込んだ。

    今更襲撃をやめる事も出来ず、王の代わりに愛妾を切ろうとした。

    …ということらしい。   

    「今、あの連中は何処に?」

    「秋官の牢獄の中だが、陽子、いくのか?」

    すでに歩きかけた陽子を追って尚隆も部屋を出て行く。

    その姿を目で追いながら、六太はため息をついた。

    (愛妾…ねぇ…どんなにそばにいたって、俺の愛妾とは思わないよな…)

    入れ替わりに女官が薬湯を持ってきた。

    その苦さを思って六太は顔をしかめた。