まぶしい キミ

 

       (1)

 

    「大丈夫か陽子?」

    そう言って振り向いた六太は、手を差し出した。

    「ありがとう、…すまない。」

    陽子は素直に六太の手に掴まった。

    関弓のはずれにある大きな水門の見学に来た陽子は、長い階段の途中で

    バランスを崩しかけふらついた。

    「いいって、いいって。原因はうちの女官にあるし…。陽子は我慢強いな。」

    「お世話になっているし、彼女たちの気持ちも解るから…」

    あははと、乾いた笑いを見せる陽子。

    いつものお忍びの姿ではない。

    六太は台輔としてそれなりのきちんとした出で立ちで、

    金の髪も隠さずに日をうけて輝いている。

    陽子も玄英宮の女官達の手でここぞとばかりに飾られていた。

    慶の襦裙も美麗なものばかりだが、雁のものも重厚で、

    隙間無く施された刺繍、重ねられた金箔、連なる宝玉…一枚でもずっしりとしたものを

    何枚も重ねる…階段でよろけもしようというものだ。

    「あんまり無理すんなよ。いやならはっきり言った方が良いと思うよ?」

    六太はいつものようにニコニコと話しかける。

    (六太君って、いいよな。いつもニコニコ明るくて、こっちまで元気が出そう。

     ……うちのとは大違いだ。)

    つられて陽子も笑顔になる。

    「私も、着飾るのが嫌いなわけではないんです。

     ただ…もうちょっと軽いと良いんだけど……。」

    やっと水門の上に出る。

    関係者が叩頭して出迎えている。

    今後の参考にと水門の見学を希望した陽子は熱心に説明を聞いている。

    六太はただボーっと見ていた。

    水門の説明を聞きながら、うなずく陽子の簪がキラキラと光る。

    まぶしいくらい綺麗だな、と思った六太の陽子を見上げる視界のすみにチラリと人影がさした。

    振り返った六太の目に、陽子の背後にせまる抜刀した男が見えた。

    陽子の背に廻り「悧角!」と叫ぶのと

    奇声を上げた男の刀が降ろされるのが同時だった。

    「ぐっ…」

    肩に衝撃が走り、それ以上に怨嗟の気が襲ってきて六太はグラリと膝をついた。

    「六太君!!」

    陽子の悲鳴のような声がいやに遠くに聞こえる。

    男の方は、悧角に首を咬まれてすでに倒れている。

    「無事…か、陽子。…他に敵は?」

    自分とあの男の血の臭いで、こみあげる吐き気を必死でこらえる。

    陽子は慌てて剣を抜き周囲を見回す。

    驚き慌てる官吏の中に一人、二人と刀を抜くものが立ち上がってくる。

    (まずいな、この格好じゃ動けない。あんな連中、いつもなら後れをとったりしないのに…)

    「班渠、なるべく殺すな。訳を知りたい。」

    「御意」

    班渠が姿を現し、陽子と賊の間に立ちはだかった。

    悧角と班渠の姿に相手の気が削がれたようで、睨み合いが続いた。

    その均衡を破るように空から影が差した。

    「延王君!」

    陽子の声に「おう!」と答え、尚隆はたまから飛び降りた。

    その後には、禁軍の空行師が続く。

    賊は呆気なく捕らえられた。

    「すまん、遅くなった。怪我はないか?」

    「六太君が、私を庇ってくれて……」

    尚隆が見ると、左肩に刀傷を受けた六太がうずくまっている。

    「ほおお、珍しいな。とっさの時にお前が動けたとは……」

    「うっ…せぇ…よ」血の臭いで目が回る…

    尚隆はヒョイと六太をたまに乗せた。

    「陽子も乗れ。先に玄英宮へ帰って黄医に診せろ。」

    たまが舞い上がる。

    陽子は碧双珠を六太の肩に当てる。

    幾重にも重ねた衣のお陰で、思ったほどには傷は深くないようだが。

    麒麟は血を厭う生き物で、恨みや争いの気にも弱い。

    意識はあるようだが、朦朧としている様子にたまを急がせる。

    六太は陽子にもたれ掛かるようにしていたが、陽子の宝珠を持つ手に自分の手を重ねた。

    「すご…いな、これ……いて―のが…ひいてく…」

    「慶の宝重だから…」

    陽子は尚隆の言葉を思い出していた。

    (とっさの時に、お前が動けたとは―)

    麒麟は争いの気に弱い。

    その場を立ち去りたくとも足がすくんで動けなくなるのだと、以前景麒に言われた事があった。

    きっと、六太もそうなのだろう。

    さっき、とっさに陽子を庇った。

    動けたのはなぜ?偶然か?

    何にせよ、六太が陽子を庇い、肩に傷を負った。

    二人で並んで立てば,陽子の心臓の位置だ。

    賊は、まっすぐに陽子を狙った。

    (こんな所にまで、刺客が来るのか…)

    血の気をなくし目を閉じた六太は、いつもより大人びて見える。

    (ゴメンね、六太君…)

    口には出せず、陽子は唇をかんだ。

 

 

 

    

                      えーと、続きます。

                           夏の設定なのに、そんなに着ていたら暑かろう、とか、

                           公式な視察だったら警備とかもっと厳重なのでは、とかの

                           ツッコミは自分で入れておきます(滅)

                           広い心でお読み下さいませ〜。